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成長と解放〜ミュージカル手紙2022〜

ミュージカル手紙2022_感想ブログ

 

2022年3月12日、ミュージカル手紙の再々演の幕が上がりました。現時点での感想です。ネタバレあり。

 

あらすじ(公式サイトより)

弟の進学費用のために空き巣に入り、強盗殺人を犯してしまった兄・武島剛志。高校生の弟・直貴は唯一の肉親である兄が刑務所に15年間服役することになり、突然孤独になってしまう。兄が殺人を犯した事実はすぐに広まり、加害者家族となった直樹に向けられる周囲の目は一変した。高校卒業を控えたある日、直貴の元に服役中の兄から1通の手紙が届いた。それから月に一度、欠かさず手紙が届くようになる。兄からの手紙には獄中での穏やかな生活が書かれている一方、直貴は「強盗殺人犯の弟」という肩書により、バンド・恋愛・就職と次々に夢を奪われ苦しみ続けていた。年月が経ち家族を持った直貴は、ある出来事をきっかけに、ついに大きな決断をするのだった。

 

 

 

 

以下、感想です。

 

藤田俊太郎さんとspiさんが関わる舞台なので、おもしろくないわけがないと思っていたのですが、やはり今回も好きな舞台でした。藤田さんの演出は、心のひだの表現が巧みで登場人物に厚みがある印象があります。

 

 

 

手紙は感動作なのか? 

観劇の前に久しぶりに原作を読みましたが、以前読んだ時と変わらず、やはり胸くそ悪い読後感でした(主人公・直貴に「犯罪加害者の家族は差別されて当然」というような台詞が投げかけられたりする)。
わたしたちは「差別はいけない」と教えられて生きています。だけどこの小説はその「当たり前」と正反対のことを登場人物に言わせている。

何がこんなに胸くそ悪いかって、この作品が描いているのがおそらく真実だからなんですよね。

主人公・直貴に焦点を当てて進められるこの物語、わたしたちは彼の視点で世界を見がちです。だから「世間から差別を受けるのは当然」という平野の言葉に引っ掛かりを覚える。
こんなに努力をしているのに、こんなに苦労をしているのに、「犯罪者の家族」というだけでいわれのない差別を受けるのはなぜなのか。なぜそれを受け入れなければならないのか。

 

でも、自分の周囲に犯罪者の家族がいたとしたら?

 

わたしが真っ先に思い浮かべたのは1980年代に不良グループが起こしたある有名な殺人事件でした。もし、加害者家族が自分の生活圏内にいたら? …そう考えると、普通に接するのは無理かもしれない、差別する側に回るかもしれない…と思い、そう考えた自分に暗い気持ちになりました。

 

わたしはこのミュージカルで泣きましたが、これを感動作として消費するのは違う気がする。デトックスのために作品を消費するのではなく、己と向き合うために物語と対峙したいと思いました(あくまでも個人の意見です)

 

 

貧困からくる無知と不幸

「この話の登場人物は無知が多い」
映画版を見た友人の感想に、貧困ってそういうことだよな…と思いました。特に、両親を亡くした武島兄弟は、良くも悪くも「ふたりきり」で生きてきたのだろうと思います。

あらゆることは知識や情報にアクセスできるか否かで決まる部分があります。兄・剛志にもう少し誰かと繋がりがあれば、身体のケアの方法がわかり、腰を傷めずに済んだかもしれない。会社をクビになった時、税金や家賃の減免の方法を教えてくれる人がいれば金銭的に困窮せず、罪を犯さずに済んだかもしれない。

無知故の想像力のなさが彼を犯罪へと向かわせたと考えると切ない。

でも「ふたりきり」で生きている彼らには、頼れる人がいない。そもそも「人に頼る」という発想自体がない。

 

 

生きることは他者とのつながりの糸を増やすこと

劇中の後半に「人とのつながりの糸を増やす」というような台詞が出てきます。彼ら兄弟は生きることに精一杯で、自分と兄、自分と弟以外のつながりの糸を増やせないまま年齢を重ねたのだと感じました。

そう考えると、この話って兄弟の成長の物語でもあるんですよね。そしてそれはM23「最後の手紙」の直貴のパート「手紙は俺を育てたんだ」にもつながります。

 

 

剛志の幼さとその演技

藤田さんの演出の他作品だと、Take Me Outのどこか鼻持ちならない野球選手、デイビー・バトル。ジャージー・ボーイズでは自己顕示欲が強いがそれをあまり表に出さないニック・マッシ。娘への愛をうまく伝えられないVIOLETの「父親」役を演じていたspiさんですが、今回は弟の進学費用のために強盗殺人を犯してしまう「あまり頭の良くない」兄、剛志を演じています。

 

わたしはspiさんの弱さや幼さ(人間としての未熟さ)を見る人に感じさせる演技がとても好きです。繊細なのにどことなく無遠慮かつ傲慢なにおいがする感じ。剛志もそうだし、ニックもそう。加害側なのに、被害者みたいな顔をしているときの演技。

「謝罪しているが心の底ではどこか納得できていない感じの謝罪」、あるいは「本人は悪いと思ってるけれど思慮が浅く、『そういうことじゃない』と思う謝罪」の演技が本当に上手い…と思っています。(個人の意見です)

今作もそれが遺憾なく発揮されていました。

 

罪を犯した冒頭から、剛志は被害者の緒方さんやその家族に繰り返し謝罪をしています。また、自分のせいで大学進学ができなくなった弟・直貴にも、自分の行動を謝っています。…なのですが、どこか独りよがりなんですよね、その謝罪が。

悪いことをした、緒方さんに墓参りを、自分なんて生まれてこなければ…と言ってるけど、根本的に「わかっていない」し、思索ができていない。
先に述べた無知ともつながりますが、想像力がとぼしい。
最初(で最後)の面会に訪れた直貴に対して、大学に行かせてやりたかったと話す場面はぶっきらぼうで、どこかふてくされたようにも見えます。

 

 

3/27追記
spiさんは公演途中で微妙に演技を変えてくる印象が強いのですが、やっぱり演技が変わってました

追記終わり

 


物語後半。剛志は直貴から送られてきた手紙で、自分の犯した罪の重さに改めて気づきます。そこからの「甘えの消えた心の底からの謝罪」との違いがまた味わい深い…。

抑え目のトーンで歌い始めるM23「最後の手紙」だったり、慰問コンサートのステージに上がった直貴の言葉に、時間が止まったように静止する姿だったり(まばたきをせずにじっと固まっている)。

 

演出の藤田俊太郎さんは、以前spiさんについて「“聖と俗”、“透明と濁り”が同居したような方」とおっしゃっているのですが*1、今作でもそれを感じました。

 

主人公たちの成長と事件からの解放

幼さを抱えているのは剛志だけではありません。直貴と由実子は「逃げたくない」「正々堂々」という真っ直ぐさを握りしめ、視野が狭くなっている。
そんな彼らに新しい視点を与えるのが直貴の勤務先の社長・平野です。

 

「逃げずに正直に生きていれば、差別されながらも道は拓けてくる━━君達夫婦はそう考えたんだろうね。若者らしい考えだ。しかしそれはやはり甘えだ。(中略)それで無事に人と人との付き合いが生じたとしよう。心理的に負担が大きいのはどちらだと思うかね。君たちのほうか、周りの人間か」


この台詞を原作で読んだ時、ぎくりとしたのを覚えています。
自分の信念を貫くために、視野が狭くなっていないか。まっすぐ生きるために、何かを犠牲にしていないか。本当に大事なものは何か。
そんなことを考えました。

 

「差別はね、当然なんだよ」
「我々のことを憎むのは筋違い」
「我々は君のことを差別しなきゃならないんだ」

この台詞も先の言葉を聞いてからだと聞こえ方が変わってきます。

 

文庫版の解説にもありますが、この作品は観客にも彼らのぶつかった問いを投げかける作品なのだと感じました。

 

「彼(剛志)にとって手紙は般若心経」と染谷 洸太さん演じる遺族・忠夫の台詞があるのですが、最後の手紙を書き終えた剛志、それを受け取った忠夫、緒方家を訪れた直貴の三人が歌うM23では、彼らの解放が描かれているように思います。

 

 

原作よりもソフトな印象の舞台版

わたしは原作を読み、ミュージカルを数回見てこの文章を書き、少しずつ作品の見え方が変わってきました。
特に、歌が加わることで見え方が変わったのは由実子です。

原作の由実子は、ちょっとびっくりするくらいの押しの強さが印象的です*2。バスの中で一緒になる直貴に一方的にりんごや手編みの手袋を渡す、はっきりと拒絶をされてもあきらめない。

自分の経験を直貴に重ね、「それ、逃げてるんやないの?」と言い、剛志のことが知れ渡り娘の実紀が仲間外れにされた時も「どんなことがあっても、これからはもう逃げないで生きていこうって決めたやないの」と直貴に伝える由実子。

 

ミュージカルで由実子を演じる三浦透子さんの歌声は、透き通ってきらきらしていて、ひたむきな女性という印象が追加されました。(声の印象ってすごい…)

 

 

そのほかにも、絶縁すると宣言した直貴が由実子が出す手紙を許したり、imaginを弾く直貴とそれを見つめる剛志のシーンが追加されるなど、舞台版は色々な場面でわかりやすく、ソフトな印象になっていると感じました。

 

「手紙」は決して暗いだけではなく、希望や明るさが描かれた作品だと今では思います。

 

 

まとめ

これは迷いながら生きる登場人物たちが、時間の流れの中で自ら事件に終止符を打つまでの葛藤と成長を描いた作品だと感じました。

 

他のキャストの感想などにも触れたいのですが、今日のところはこの辺で。まだ観劇予定なので続きも書くかもしれません。

 


チケットはまだ各種プレイガイドで買えます。

ぴあ
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ミュージカル「手紙」2022|演劇のチケット ローチケ[ローソンチケット]

 

 

パンフに織り込まれているソングブックには曲の歌詞が。何度も読み返せてうれしい。

 

ミュージカル手紙2022_感想ブログ

観劇前に作ったミニフラスタ改めボックスフラワー。あらすじを知らない友人に「何でその新聞使ったの!?」と言われました(使ったというか新聞も作ってる)

 

 

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*1:Take Me Out 2018パンフレット より

*2:直貴に内緒で勝手に手紙を代筆するのは自他境界が曖昧すぎてちょっと怖い。原作と映画版はどうしてもそこが引っかかってしまった