晴れた日のねどこ

答えの出ないことばかり考えている

貴方のために泣いたりしない

 

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舞台「SAMAEL」を観てきました。


前情報が少なかったので、どんな話なんだ…? というかあらすじはあるのか?あまりにアーティスティックすぎて訳がわからないまま終わったりしないか?と不安でしたが大丈夫だった。
よかった!

 

生演奏と生歌、熱量の高いお芝居とストーリーに絡んだダンスシーンが贅沢に楽しめる舞台でした。
サントラは毎日聞いてます。
ほんとに曲も歌もいい…。野上さんのほかのCDも欲しいな。

 

 


早速全体の感想を書き…たいんだけど、推しが演じる役とそれについての考えをふせったーに書いただけで7000文字オーバーしたので、一旦そちらをベースに現段階の感想をブログで残しておきます。


オキソはなぜあんなにも自分を孤独だと思っているのか、彼にとっての救済とは?とか、そんな感じの話です。

ネタバレしてます。

 

ちなみにストーリーや前情報のざっくりしたまとめはこんな感じ。

一応相関図も作ってます。ちょっと手直ししてUPし直そうかな。

kansoubn.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

オキソに対する率直な印象


オキソに対する現時点での印象は「繊細ぶっててナルシストで自己完結してて、そのくせ妙なところでプライドが高くて周囲に対して勝手に壁を作る童貞力高すぎ厨二病こじらせナード」

自分を見てるみたいでイライラするのかもしれない。

 

1回目の鑑賞でラストシーンについて「えっ、そこでその台詞言っちゃうの!?」と思ってモヤモヤして、2回目の鑑賞の途中でオキソにイライラしてきた。

ローレンシウムがあんなにもまっすぐにオキソのことを思ってるのに、なんでお前は孤独ぶっているんだ。コミュニケーションを取れ。もっとちゃんと周りを見て!ちゃんとオキソのこと考えてる人いるのに「俺は孤独」とかなんなの!?こじらせ厨二病で童貞マインド積載量オーバーしたみたいな考え方はやめてくれ、自己完結するなよ、他人とキャッチボールをしろキャッチボールを!かっこつけずにもっと自分をさらけ出せよ!!もっと熱くなれよ!!!

 

 

 


オキソの言う「光」とは

オキソの歌の「光」というのはローレンシウムなのだと思う。

同じ研究者で間近に秀才だったり天才だったりがいたら、きっと普通は妬んだりする。
能力の無さに歯がゆい思いをしたり、努力が足りないのかと自分を責めたり、あいつは特別だからと無理やり諦めようとして、でも割り切れなくて悔しくて…、ってこともあるんじゃないか。


だけどローレンシウムにはそういう描写がない。

実は内心そう思っている?と考えたりもしたんだけど、どうもしっくりこない。

 

メサイアの毒性の話が出た時は妻のクロムの誕生日を祝えないことを謝り、脱獄した後のことを話す時は豊かな暮らしをさせてあげられないことを妻に詫び。
ずっと味方だと恥ずかしげもなくオキソにまっすぐに言うし、自分が知らないことをコバルト・クロリドとオキソが共有していることに友情を裏切られたように感じて怒る。オキソを詰るフェノールに発言を訂正しろと声を荒らげる。


正直、社長の器ではないとは思う。
視点が身近な人に当てられ過ぎていて、俯瞰で物事を見通せる人間ではないから。
だけど彼は身近な人を大事にしたい人なんじゃないかと思う。
ただただ、まっすぐに。
それがきっとオキソにはまぶしかったんだと思う。

オキソは心の底から他人に関わろうとしていないから。

 

 

こんなにまっすぐ愛されてるのに、なんでそれを受け取ろうとしないんだよオキソは。
孤独だ孤独だ、誰も自分を理解してくれない…って、なんだそれ。自分で壁を作って自分で勝手に孤独になろうとしてるだけじゃん。
お前は試し行為を繰り返す面倒臭い女かよ…(試し行為の使い方が間違ってる)
自意識過剰な漫画モテキの主人公かよ…
更に、自分は悪魔ってなんだよ…厨二病こじらせすぎかよ…荒ぶる右手を鎮まれと抑え、邪気眼が疼きだすのかよ…

 

 

 

 

他者との断絶、「孤独」とはなんなのかという持論

なんでこんなにイライラするのかなーと考えて、よく考える「自他の境界」とか「他者との断絶」というところにやっぱり行き着いた。

 

「他者と違うが故に抱える苦悩」みたいなのはきっとあると思う。(というような話はここにも書いた

オキソもローレンシウムも、研究に明け暮れて他人から相手にされないはみ出し者。自分たちをそこに追いやった奴らの鼻を明かすんだと息巻いてたから、所謂カースト上位の人たちに対する羨望や嫉妬はあったと思う。


更にオキソは「天才」。


蔑まれもするけど憧れられたり妬まれたりもきっとする。
ナードという属性で多くの人たちの「仲間に入れない」という「断絶」、
「天才」だから他者に理解されないという「断絶」。
二重の断絶に苦しめられてたんじゃないか。

 

「断絶」というのは自分と相手を地続きの場所に置かずに、分断した場所に据えて相手を「異物」だと認識(無意識に差別を行う)した相手との間に起こることだと思う。

ローレンシウムはオキソを「異物」だと思って無邪気に区別をしたかというと、きっとそうじゃない。天才だと思ってるし魅力があるとも言ってる。だけどローレンシウムはオキソを対等な一人の人間として扱ってたと思う。賞賛することで彼を孤独に追いやってはいない。
(賞賛が人を孤独に追いやることがあるという話はこの辺に書いた )

 

 


オキソは孤独なんかじゃない。
だって、オキソの側にはローレンシウムがいるから。
なんで彼のことを信じられなかったの? 信じようとしなかったの?
自分が傷つきたくなくて、狭い部屋に閉じこもり踏み出さず、心をさらけ出すのを怖がる臆病者でしかない。

 

 

 


なぜオキソは自分を孤独だと言っているのか

仮説①ローレンシウムが伴侶を得たから拗ねた(精神的な繋がりを他人と持てていないと感じている)
→自分から心を開いて他人と繋がろうとしろ。

 

ローレンシウムはいい奴だからそりゃ仕方なくないか。
主体性はないし気が弱いけどまっすぐで優しいもん。
オキソのせいで霞んで見えるけど、頭もいいしお金持ちという属性も持ってる。
(クロムは性格に惹かれたと思うのだけれど)

 

パートナーの有無でしょんぼりしてるとしたら、セシウムあたりをちょっと口説けばいいじゃない。わかりやすく好かれている。(軽い気持ちで付き合って案外うまくいくパターンもあるかもしれないし)
でも、自意識をこじらせていてそういうのが苦手そうだし、そうでなくても(仮に意識していたとしても)「あまりがっついたら嫌だと思われるかもな」とか思ってたりしそう。

め、め、めんどくさい!!他人はお前のことをそんなに色々考えてないよ…! 童貞力が高すぎるよオキソ!!

 


わたしは「恋愛関係にある二人の精神的な繋がりこそが至高」みたいな考えの持ち主じゃない。
だから伴侶が最優先で友人は二の次、みたいなのがよくわからない。
どの状況で何を優先するかはケースバイケースだから。
だからこそ、「ローレンシウムにはクロムがいるのに、俺は…」みたいにオキソがもし考えていたとしたら、いやいや、むかしからローレンシウムはオキソのことを考えてるじゃん、と思うし、他者との精神的な繋がりを自分から拒絶してるのはオキソ自身じゃないか、と思う。心を開けよオキソ。

 


仮説②…肉体的な繋がりを他人と持てていないと感じローレンシウムと自分を比べて拗ねた
→自分もモテる努力をしろ。というかサマエルリーダーになってからはモテるだろうし、寂しかったら素人なりプロと遊ぶなりしてみても良いのでは?

 

オキソはひとりっ子ぽい。そして男系家族で女に変なファンタジーを抱いていそう(ヘテロ前提で話を進めるけど)。
漫画モテキの主人公みたいな自意識過剰のひとり相撲こじらせ童貞野郎なメンタリティだったら、風俗とかもいかなさそう。
「いや、おれはそういうのはいいよ」とかかっこつけて言いそう。めっちゃ興味あるけど興味ないですみたいなポーズをとりそう。めんどくさい。

 

取り急ぎお手軽に割り切った関係を持ったりっていうのもできなさそう。「ロマンチックじゃないから」みたいな理由で。心の底で「ありのままのおれを理解してくれる理想の女性が現れるはずだ」とか思ってそう。だからセシウムにもかっこつけて(?)接してるんだとしたら、本当に、心底めんどくさいなこの男は。

 

 

オキソのばか!なにが「ありのままのおれを理解してくれる理想の女性が現れるはず」だ!!!(※そう思ってる前提で勝手に話を進める)

 


そんな人いません〜〜〜〜!!!
「ありのまま」の自分を受け入れてくれる人なんていません!!幻想です。
自分だけ安全地帯にいて何も差し出さずにやさしく包み込んでくれるような存在…??
そういうのはママに頼みな!*1

 

ちゃんと相手を人間として扱おう。
他人は自分の人生という名のストーリーの都合がいい脇役じゃない。血の通ったひとりの人間で、その人それぞれが自分が主役の人生を生きてる。
成人してるんだから現実を見よう。アナ雪で「ありのままの〜」と歌ってるけど、あれは嫌われるリスクを背負った上で、ありのままの姿をさらけ出す自分を肯定しているからオッケーなのであって、自分だけ傷つかないようにポジション取りして相手には何かを求めるのはアウトだからな…?めっちゃくちゃ童貞マインド溢れてるからな?

 

 

仮説③…そもそも自分は誰にも理解されていないと思ってる
→それはお前が他人に対して心を開いておらず、上っ面の付き合いをしているからです。

 

オキソって完全に自己完結してない?
白馬の王子様を待つ女の子みたいに、部屋に閉じこもって誰かが扉を開けて連れ出してくれるのを待ってる。
自分から外に出ればいいのに、他者が自分が思うようなアクションを取ってくれるのを待ってるように感じるんだよね。

 


しかしオキソ…自分を魅力的に見せる術に長けており対人関係を卒なくこなせる技量があるなら、もっと前の段階でそれを発揮して、他人とぶつかって傷ついていればよかったのに。
大人になってからだと思い切りよく転ぶのって大変だもん。
臆病にならず、自分から壁を作らず、ちゃんと周りと向き合ったりぶつかったりすればよかったのに。

本当にちぐはぐでアンバランスなキャラクターだなと感じる。

 

 

 

 

 

 「救世主」に憧れる少年


監獄のシーン、トリアゾールが「13人の救世主の話を」みたいなことを言ってるとき、オキソは泣きそうな顔をしてた。


オキソははじめ孤独だった。
メサイアの開発によって、自分を孤独たらしめていた世界に「復讐をしようとしてた」。(毒性の有無がわかってたかどうかはちょっと置いといて)

 

世の中の有力者を仲間に引き入れる、これ自体が「復讐」とも言える。自分たちをばかにしてたような立場の人が、メサイアに目が眩んで仲間に入るなんて滑稽だから。


だけどそういうふうには見えない。
…オキソはもしかして、ヒーローに憧れていたのでは?
「皆に愛される正義の味方」「正義の集団」のようなものに輝きや憧れを感じていたんじゃないか。
カースト下位のコンプレックスをこじらせて、いけてるカースト上位組に憧れて、でも心の中は子どものままで、だからそれが「秘密結社サマエル」結成に結びついたんじゃないか。
*2


仲間外れだった男の子が、世界の中心人物を次々と仲間にして世界を救うなんて、
ノリが完全に少年だ。

 

 

オキソはきっと、自分を仲間外れにする他人が何を考えてるかわからなかったんだと思う。
だから考えさせた。
自分たちをばかにしてたような人たちの極みとも言えるカースト上位者、世界の要人が、非常事態に何を考えどう行動するか知りたかったんじゃないか。


その結果、皆真摯に問題に向き合い、自分自身の選択と責任について考えた。
そこで彼らもちゃんと「人間」だったんだとわかったのかもしれない。

だから泣きそうになってたんじゃないかな。

 


憧れていた救世主には、自分はなれない。
自分の元に集まった「正義のヒーローたち」に仲間だ友人だなんて言いながら、オキソはきっと誰のことも信じていない。
仲間のようなもの、友人のようなものを表面上なぞるだけで、自分は心の中に誰も入れないまま、身勝手に他人の心を暴こうとする。


ユグドラシル社のトップにローレンシウムを据えた理由を述べた
「自分のような捻じ曲がった人間がトップに立つと革命が起こりえないから」という台詞はきっと心からのものだ。


オキソは自分の幸福のためにサマエルを組織し利用した。


いつだってオキソは良くも悪くも自分の「理想」を追求していた。
相手のことを考えずに。
他人に目を向けずに、自分のことばっかり見てた。

そんな「捻じ曲がった人間」が救世主になんてなれるわけがない。

 

 

 

選択を肯定するのは自分じゃない

舞台サマエルに「選択」についてのメッセージが込められているなら、
わたしはいま真逆のことを言っている自信がある。

選択には責任が伴うこと、起こった出来事に対しどう向き合うのか、あなたはどう行動をするのかという問いが舞台サマエルには込められているんじゃないかと思う。


自分で自由に選択ができることが幸福であり、それは他者に批難されるべきではないということをオキソは言っていた。その「幸福の定量化(最大化?)という観点」から話すと、自らの選択も他者に批難されるべきものではないということになる。

 

…いやいやいや、ちょっと待てよ。
ちょっと待ってください。
それは自分に適用してはいけない。

 

 

 

 


 

脚本の一ノ瀬さんのこの文脈でいうと、それはめちゃくちゃ正しい。
でもオキソ。オキソは自分にそれを適用してはいけない。

 

 

 


とある作品の話をする。
キリスト教ユダヤ教、臨床心理学、ユングニーチェ社会心理学、科学用語、SFなど多くの要素を盛り込んだ名作の声が名高いとあるゲームがある。*3

 

そのなかに、主人公の恋人と世界中の人命を天秤にかけるというシーンがある。
仲間たちは前者を選んだ。


そこでわたしは「まじか!」と思った。


いや、わかる。
世界を救ったって、自分たちは英雄になれるわけじゃない。
多くの人たちは世界の危機と戦う自分たちのことなんてまったく知らず、
幸せに、あるいは不幸せに日常を過ごしてる。

どのみち世界の行く末は自分たちの手に委ねられている。
だったら自分たちは今までずっと一緒に戦ってきた彼ら二人を選ぶと仲間は言った。


名前も知らないたくさんの人と、
一緒に過ごして苦楽を共にしたひとりの人間のどっちを選ぶ?


「最後くらい自分のために戦ってもいいんじゃないか」
「私たちも彼女を助けたい」
恋人を助けたいというのは自分のエゴだ。それを優先することに主人公は逡巡していた。
だけど仲間たちは、彼の決断の後押しをした。

 

 

 


話をオキソに戻す。
この話を思い出して、やっぱりオキソむかつく!とわたしは思った。

 

「その決断は尊重されるべきだ」とオキソはベンゼン社長に言っていた。
他人に言うのはわかる。
でも、自分にもそれを適用しちゃいけない。
それをオキソに言っていいのはオキソ以外の人物だと思う。

某ゲームで言えばパーティメンバーという「主人公以外」が決断を尊重したし後押しをした。

 

だけど舞台サマエルだと話が違う。
だってオキソは徹頭徹尾自分のことしか考えてない。
自分の欲求と世界を天秤にかけ、その上で12人のメンバーに問いを投げかけた。
あなたはどう思いますか、これは善なのか悪なのか?
あなたはこれからどうするんですか?


そして自分では責任を取らず、他人に残務整理を任せて世界から退場をする。

 

 


オキソにとっての「孤独」と「救済」

オキソは最後につぶやく。
「 《メサイア》は僕を孤独から救ってくれた救世主だった」

 

オキソにとってローレンシウムってなんだったんだ、ふざけんなよ、コケにするのも大概にしろよ!?という憤りが湧いてくる。
だってその台詞は、彼にずっと寄り添っていたローレンシウムひとりより、たくさんの「世界の有力者」たちと話し合ったことの方がオキソには大きく、それが救済たり得たということだから。

 

 

 

 

そしてここが一番の問題なんだけど。


オキソ!お前のその身勝手で独りよがりな願望のせいで多くの人間が苦しんでいるんだぞ!!!???ふざけるなよ!?

人が死んどるんやぞ!!!きっとこれからも人が死ぬんやぞ!?
数百人単位じゃ済まない。数千人、悪くしたら万単位の人間がこれから死ぬ。死にはしなくても後遺症が残る可能性が高い。
すでに土壌汚染が広がってるから、その土地で作られた作物を食べるのはリスクが高すぎる(いくらアルキンが動いたとしても、汚染を除去する薬品が開発されなければきっと無理)
となると他国から食料を輸入しなきゃならない(だからコバルト、クロリドは戦争を終わらせようとしてたのかなー)
戦争で利益を得ていた人間も、一次産業で利益を得ていた人間も大打撃だよ。

 


なのに自分は孤独な悪魔だとかかわいそうぶってる。

 

いやいやいやいや、オキソの言ってることは正しい。わかる。

断片的に、一部分だけ取り出せばその通りだ。

 

 

だけど、もともとはお前が発端だからな!?
問題はメサイアの開発でもそれを広めたことでもなんでもない。

お前のコミュ障ここに極まれりって感じのこじらせ童貞クソ野郎自意識過剰なあまえんぼうマインド大爆発のせいで、世界中に被害を出してるんだからな!?

 

 

なーにが「ぼくは孤独な悪魔」だ。
勝手に自分を孤独だと思い込みやがって!!!
天使みたいな声で歌ってたって、絶対に許さない。
おまえはとんでもなく無責任で大馬鹿野郎だよ。
レバーを狙って横腹にパンチを入れたい。*4

 

 


自分一人の幸福のために世界を犠牲にした
とんでもない男だよオキソは。

 

愛されてることに気付けないのは臆病だからだし、
自分をさらけ出せないのは傲慢だからだよ。

 

 

 

 

身も蓋もない感想

この話が何を狙っているのかの本当のところはわからないし、
ガンマ監督っぽく言うと「どう感じるかを決めるのはお客さん」なので、これが正しい答えなのかはわからない。
(というか、世に出した作品ってもう製作者の手を離れているわけだから、その時点でコントロールができない。人の数だけ受け取り方=正解があるから正しいも間違ってるもないんだと思うんだけれど)


でも今のところ、良く言えば「孤独を抱える未熟でひとりよがりでロマンチストで臆病な天才に振り回された12人の、世界を巻き込んだ決断と選択を巡る物語」って感じだし、
身も蓋もない言い方をしたら、「厨二病と自意識過剰と童貞マインドをこじらせた天才のエゴの結果、国家も世界も危なくなってるけど、本人が超魅力的なのでなんかいい話っぽくなってるが俺は騙されないぞ!!!オキソ絶対に許さない!!!」という感想。


いやーーー、でもさーーーー、あんな堂々とした男前かつインテリマッチョ(でも思考は小学生そのまま)がいたらそりゃ許しちゃうよね…(チョロい)
ローレンシウムじゃないけど、「お前には不思議な魅力がある」とかね、思っちゃうよね…


悔しい。でも絶対に許さないからな!!!!

 


お前の涙なんかに騙されないから!!
オキソ!!!お前はただの童貞マインドこじらせ無責任クソ野郎だぞ!!!!*5 

*6

 

 


推しの説得力がすごくてオキソにブチ切れ

この話、オキソがspiさんじゃなかったら全然違うものになってただろうなと思う。
もちろん13人それぞれの個性がぶつかり合って熱量の高いお芝居をしている舞台だから、キャストが一人変わっただけで印象はガラッと変わるんだろうけど。


くっしゃくしゃの頭をした、見えないライトセーバーを振り回すぼんやりした子供っぽい冴えないナードと、ぱりっとした存在感と貫禄のある出で立ちの秘密組織のリーダーという振れ幅。
声や言葉や歌、視線に宿る説得力。


take me out2018で、藤田俊太郎さんはspiさんのことを「“聖と俗”“透明と濁り”が同居したような人」と言っていた。


両極の要素が多く同居しているんじゃないかという意味で、わたしもそう思う。

何が本当で何が嘘なのかよくわからない。
安定してるようにも見えるし不安定にゆらゆら揺れてるようにも見える。
落ち着いていて堂々とした大人にも見えるし、いたずら好きの少年のようにも見える。
スマートに物事を進められそうにも見えるのに、当たり前に皆が知ってるような知識がすっぽ抜けてそうな雰囲気もある。
たぶん本人の中では考えの筋道が通ってるんだけど、他人から見たら思考のルートの選び方がいまいち見えづらくていきなり考えが飛躍したような感じで謎(もしくは天然)っぽく見られがちだったりするのでは?という感じがする(が、ものすごく計算づくで色々やってるとわたしは思っている)。


まあこれはわたしがspiさんについて勝手に思ってることで、事実がどうかはまったくわからないんだけれども。

 


両極の要素を持ち合わせている故に感じる不思議な魅力がすごく活きていた役、それが舞台サマエルのオキソだったんじゃないかなーと思った。
役の説得力が尋常じゃない。
じゃなきゃこんなにもやもやしないし、キレたりしない。

 


次に観たらまた印象がかわるのかなー、それともオキソへの怒りが増すのかな。

なんにせよ、きっと違った演技が見られるって思ってるから、すごく楽しみ。

 


…しかし天才かもしれないけど、オキソは絶対に仕事できないし駄目男だよ…。

 

 

だって、ちょっと冷静になって考えてみて欲しい。
他人に責任の所在を問いながら、自分は孤独な悪魔だ〜って歌いながら退場って、厨二病こじらせきったただの無責任男でしかないからな?


あぶないあぶない、天使みたいな歌声に騙されるところだった。

 

 

 

 

何言ってるかわからなくなってきたけど、それもこれも、推しが魅力的にオキソを演じていて、かつハマり役なのが悪い。

また何回か観に行きます。
(でもなんだかんだでオキソにはたぶんまたキレると思う)

 

 

 

 

 

 

 

 

ツイート見返してたらずっとオキソに腹立ててた。

 

 

 

 

 

 

 

 

マシュマロをやっていますよ。

 

感想でもお題でも質問でも苦情でも何でも。

TwitterのDMも解放してます。

*1:罵り言葉として「ママ」を出したけど、真面目な話、母親にすらそれを求めたらアウトだと思う。お母さんはひとりの人間であって「お母さん」という生き物ではないので

*2:ところで秘密組織なのにみんなが知ってるってなんなんだ。フリーメイソンみたいなもの…?

*3:残念ながら確かリメイクはされてない。PSアーカイブスではプレイできたと思う

*4:鍛えてる人間相手でもレバー部分に打撃がヒットするとダメージを与えられるらしい

*5:童貞をdisに使ってるけど、自分の事しか考えられないそのマインドをdisっているのであって、童貞を馬鹿にしているんじゃないということは一応書いておく

*6:ちなみにわたしはめちゃくちゃモテキが読み返したくなりました モテキ(1) (イブニングコミックス)

舞台サマエル〜SAMAEL〜予習のための用語まとめとか

舞台SAMAEL〜サマエル〜に向けての予習



推しが主演の舞台が始まります。
事前情報からかなり怖気付いている*1ので、用語をまとめておこうと思います。
…と思ったら、これ要素めっちゃくちゃぶちこんでるやつやんけ!となったので、あらすじの整理、現時点でわかる分の人物相関図作成、世界観の予想をして鑑賞に備えます。

 

個人が未見の状態で、各種媒体やSNSなどから予想して作ったものなので、間違っている可能性が高いです。ご了承ください。

 



◯キャッチコピー
幸せとは何か 悪魔は誰か


◯あらすじ

秘密組織【サマエル】のメンバー13名の、どうしようもない憤りがぶつかり合う、最初で最期の物語。
一人の男の元に集った強者たちが、極限の状態でたどり着く正義の終着点とは?!
「なあ、ローレンシウム。俺たちは、未来永劫、世界の全てを手に入れられるかもしれない。」

 

 

世界の食料システムの大半をコントロールする秘密組織【サマエル】。
表面上は友愛組織を名乗っているが、設立者や真の目的など、実態は一切不明。

サマエルの設立に深く関係があるとされる天才科学者オキソは、メサイアという特殊な物質を発明する事に成功する。
人間が食料とする様々な対象に使用可能で、多様な効果を発揮する。無限大の可能性を秘めた神からの贈り物に、人々は歓声を上げた!

彼は仲間と共に会社を設立、メサイアの大量生産に乗り出す。あっという間に世界中の食料などに使用されるようになり、メサイアは新たな食文化革命の恰好の的となった。

ところがメサイア製造から5年が経ったある時、強い毒性がある事が判明。
13名のメンバーたちは、この大きな事件に巻き込まれてゆく。

極限の状況に立たされた彼らは、何を感じ、何を思うのか?そして、オキソがとった常軌を逸した行動とは?!

 

 







キャスト・キャラクター紹介

公式サイトより引用。

舞台「SAMAEL」サマエル特設ページ|サステナ

 

 

 spi【オキソ役】
天才科学者。ある特殊な物質《メサイア》の発明に成功。秘密組織《サマエル》の創設者。各業界の強者たちを次々に仲間に引き入れてゆく。

 

 

林田航平【ローレンシウム役】
オキソと共に、世紀の大発明を成功させる。
メサイア》の大量生産をする《ユグドラシル》という会社を任される。オキソの唯一の友人。

 



小川夏果【クロム役】
ローレンシウムの妻。夫の事業を陰ながら支える。
アルキンとトリアゾールを、サマエルに誘う。

 

 

巽 徳子【アルキン役】
農業の活性化を目的とした団体《大地の労働者》女性リーダー。世紀の発明《メサイア》の誕生を喜び、農家へと積極的に取り入れてゆく。

 

勝手な予想→サマエルの世界(少なくとも舞台となっている国)は食糧難なんじゃないかなー。アルキンのこのセリフからそんなことを思った。

 

 

山元 由湖【トリアゾール役】
有名小説家。大地の労働者をモチーフに小説を書いていてアルキンと縁があった事から、クロムの誘いでサマエルに参加。
今度はユグドラシルをモチーフに小説を書きたいと打診する。 

 

 

階戸 瑠李【セシウム役】
医者。《メサイア》の安全性の調査を任される。
オキソの天才的な才能に魅力を感じ、サマエルへの参加を決める。

 

 

 

 宮原 奨伍【ガンマ役】
世界屈指の映画監督。
オキソに頼まれて、サマエルがモチーフの映画を作る。

 

 

佐々木 心音【ウラン役】
女優、映画界のスター。
世界屈指の映画監督ガンマが監督をつとめたサマエルモチーフの映画に、ヒロインとして出演。オキソの不思議な魅力に惹かれる。

 

 

 

増山 祥太【カルボン役】
若き資産家、投資家。
サマエルが関係する企業や事業に次々に出資。《メサイア》を中心とした事業、サマエルをモチーフにした映画にも出資をしている。

 

 

 

大野 瑞生【コバルト役】
国家直属の化学戦部局責任者。
化学薬品や化学物質の軍事利用について、国家単位の戦争における戦略を任されている。

  

 

小俣 彩貴【クロリド役】
連邦秘密警察の情報管理部、責任者。
サマエルの情報が外部に漏れないように、暗躍につとめている。
過去、国家直属の様々な機密任務に携わる。

 

 

 

 三上 俊【フェノール役】
政府の重役。議員。
近く行われる選挙において、サマエルの力を借りようと目論む。

 

 

狩野 和馬【ベンゼン役】
世界中の食料品の大半を製造している巨大なグループ会社、ニーズヘッグ社の最高責任者。新成分の独占権をユグドラシルから高額で買い取る。
「オキソくん。今日という日をとても楽しみにしていたよ。」

 

この「新成分」っていうのがメサイアなのかどうかはわからないんだよなー前情報からは。食料品の大半を製造している会社的には、メサイアの存在は脅威だよなー。

 

 

 

 

上記の情報をもとに作った人物相関図

 

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世界観の予想

「化学薬品や化学物質の軍事利用について、国家単位の戦争における戦略を任されている(コバルト)」
「連邦秘密警察の情報管理部、責任者。(クロリド)」
「政府の重役。議員。近く行われる選挙において、サマエルの力を借りようと目論む。(フェノール)」

 

この三人の紹介文から分かることは下記の通り。

 


便宜的にこの三人は国家・政府機関カテゴリに入れた。
連邦国家ってよくわかってないけど、アメリカみたいな感じで、それぞれの州で法律が異なってて自治が行われてるってことで良いのかな。
過去に国家直属の機密任務に携わっていたクロリドが、下部組織?の連邦に所属してるのが謎。



アルキンの「とにかく生き抜くには、人々の結束と情熱が必要でした」からこの世界(もしくは国)は食糧難なんじゃ?という気はする。もしくは内乱だか戦争だかで第一次産業が打撃を受けたとか。そこに表れた《メサイア》は福音だよなー、人類の歴史を塗り替えちゃうよなー。

登場人物13人がオキソやサマエルという組織へどれだけ忠誠を誓っているかは謎だけど、多分一枚岩じゃないよね。
例えば食料製造企業のトップのベンゼンは、ユグドラシル社から新成分の独占権を買い取る。
その時点で 《メサイア》の毒性がわかってたら曲者だし、わかってなかったら当然争いになるよなー。

 

 

 

 

以下、用語メモと妄想

 

サマエル
サマエル(Samael、ヘブライ語: סמאל)はイスラエルに伝わる死を司る天使。
その名は「神の毒」、「神の悪意」の意味をもつ。赤い蛇と呼ばれることもある。
サマエルは謎が多く、元々はローマの守護天使、火星の天使、エデンの園に棲んでいた蛇など、様々な説がある。そのため、カマエルやサタンと同一視されることもある。

サマエル - Wikipedia

サマエルには謎が多い、正体がはっきりしないっていうあたり、秘密組織の名前としては適当な気がす…いや、「友愛組織」名乗ってるのに「死の天使」の名前を冠するなよオキソ!!

 

 

サタン
ユダヤ教キリスト教では神の敵対者、イスラム教では人間の敵対者とされる。
キリスト教神学においては、サタンは、かつては神に仕える御使いでありながら堕天使となり、地獄の長となった悪魔の概念である。


カマエル(Chamael,Camael,Kamael)は、「神を見る者」という意味の名をもつ大天使で、チャミュエルとも言われる。十四万四千もの能天使の指揮官とも、一万二千もの「破壊の天使」を率いているともされる。火曜日の守護天使であるともいわれる。

 

サマエル(天使) - アニヲタWiki(仮) - アットウィキ

ユダヤ・キリスト教の悪魔たち20体【中編】 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

http://tokag.com/std/sama.html

 

なんにせよ不穏だな、サマエル

しかし赤い蛇なのにキービジュはみんな青の衣装を着てるのはなんでなんだろ。

オキソも青い目だよね。だけど公式サイトのカラーリングはオキソは赤系。



ユグドラシル
北欧神話に登場する1本の架空の木。ユッグドラシル、イグドラシルとも表記する[2]。
世界を体現する巨大な木であり、アースガルズ、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ヘルヘイムなどの九つの世界を内包する存在とされる。そのような本質を捉えて英語では "World tree"、日本語では、世界樹(せかいじゅ)、宇宙樹(うちゅうじゅ)と呼ばれる。

ユグドラシル - Wikipedia

 

メサイア》を量産する会社がユグドラシル社。世界樹だけに、これで世界を支配する…という意味合いでこの名前をつけたのかな。

 

 

 

ニーズヘッグ
(古ノルド語: Níðhǫggr; 語釈は「怒りに燃えてうずくまる者」など)は、北欧神話に登場するヘビ、またはドラゴンである。
ラグナロクを生き延びるとされている。『巫女の予言』第66節には、終末の日に翼に死者を乗せて飛翔する黒きドラゴンとして登場する

ニーズヘッグ - Wikipedia

 英語表記はNidhogg。名は北欧古語で「怒りて臥す者」と言う意味がある。 
姿については諸説あるが、巨大なに似て翼を持つと言うのが凡そのイメージ、つまりいわゆるドラゴンである。 
世界樹ユグドラシルの根元・冥界ニブルヘイムに無数の蛇と共に棲んでおり、しばしば世界樹の根を噛み砕いて損ね、枯らそうとする。時にラタトスクという名のリスを仲介にして、世界樹の梢に棲むフレースヴェルグと罵り合っている。 
ラグナロク(最終戦争)をも生き延び、世界の終わりの日にはその背に死者の魂を乗せて飛び去る、と言われている。

ニーズヘッグ (にーずへっぐ)とは【ピクシブ百科事典】

 

ニヴルヘイム

古ノルド語Niflheimr、「霧の国」または「暗い国」)は、北欧神話九つの世界のうち、下層に存在するとされる冷たい氷の国。ギンヌンガガプと呼ばれる亀裂を挟んでムスペルヘイムの北方にある。ロキの娘ヘルが投げ込まれた場所であり[1]、時にヘルヘイムと同一視される。

天地創造以前から存在し、ニヴルヘイムには世界樹の根の一つが伸びているが、その下にはフヴェルゲルミルと呼ばれる泉がある。この泉には世界樹の根を齧るニドヘグ(ニーズヘッグ)というが住んでいる。

 

ベンゼン、なんで社名にニーズヘッグとかつけたんだろ。

貧困層の出でハングリー精神旺盛だったのだろうか。

 

ラグナロク

古ノルド語:Ragnarøk(Ragnarök、ラグナレク)、「神々の運命」の意)は、北欧神話の世界における終末の日のことである。

 

 

 

 

13(忌み数)

13は、西洋において最も忌避される忌み数である。

「宗教的要因」説
北欧神話では、12人の神が祝宴を催していた時に、招かれざる13人目の客としてロキが乱入した。このロキがヘズをたぶらかしてバルドルを殺害させており、後に起こるラグナロク勃発の起因となった。

キリスト教神話においては、サタンを13番目の天使であるとする設定があり、これは土着神話のキリスト教化の中で北欧神話の話を元に生まれたとされる。このことから、英語では13のことを「悪魔のダース」(devil's dozen)とも呼ぶ。

13という数は聖書でも特別な意味を持っている。イエスを裏切った弟子であるユダは、最後の晩餐で13番目の席についていたとされており、ユダが13番目の弟子であったする説もある。またキリスト教圏の俗信において、イエスが処刑されたのは金曜日であるとされており、13日の金曜日を題材にした映画が大ヒットしたことで世界中に知れ渡ることとなった。

これらの影響などから13という数は不吉の象徴とされてきたこともあり、現代では忌み数のひとつとなっている。

13 (忌み数) - Wikipedia

 

北欧神話でも忌み数なんだな13。

サマエルメンバーも13人。

 

連邦
複数の政治単位(共和国、自治共和国、州など)が連邦憲法などによって法的・政治的に結合し、対内的には各単位が自治権と独自の統治構造を維持しながら、対外的には統一国家を形成する状態、あるいは、そのような国家形態。連邦政府は外交、軍事、通貨などの権限を持ち、各単位は独自に憲法、議会、行政府、裁判所などを持ち、教育や福祉を管轄する場合が多いが、両者の権力分配は憲法や政治構造などによって異なる。

連邦(れんぽう)とは - コトバンク

連邦国家【れんぽうこっか】
連合国家とも。英語でfederal state。単一国家と異なり,多数の支分国が統一的主権の下に平等に結合している複合国家。各支分国は主権はもたないが,広い自主組織権をもち,連邦の意思決定にも参与する。

連邦国家(れんぽうこっか)とは - コトバンク

 

 

 

 


厨二病こじらせ野郎の予想

  • オキソは《メサイア》開発当時から毒性に気付いていた
  • 気付いた上でローレンシウムユグドラシル社を設立させ任せた
  • そして起きるオキソとローレンシウムの諍い
  • 世の中の有力者をサマエルに引き入れたのは争いを起こさせる(議論させる)ため
  • 「上記を逸した行動をとる」からオキソは狂人扱いされる(というか理知的な狂人役めちゃくちゃ見たい。狂人役であってほしい)
  • オキソをかばって誰か死ぬ(ウランかセシウムかクロリド)
  • 何かあってもベンゼンは逃げ切る(ニーズヘッグはラグナロクを息抜き死者の魂を背に乗せ飛び立つので)
  • というか、ベンゼン以外全員死ぬかも
  • サマエルのメンバーが全部で何人かは謎だけど、13人で確定なら裏切り者が出る(キリスト教ルート)、もしくは諍いの原因を起こす(北欧神話ルート)
  • キリスト教寄りなら粛清とか最後の審判とかそういうワードが出てきそう

 

 

 

ちょっと気になったこと

公式サイトで登場人物が色分けされてるんだけど、同じ色の人がいるんだよね。

  • オキソとウラン(天才科学者と女優)
  • ベンゼンとフェノール(ニーズヘッグ社トップと政府の重役)
  • アルキンとトリアゾール(大地の労働者リーダーと小説家)

何か意味があるのかなー。

 

 

原子番号

全員元素かと思いきや、そうじゃない人もいる。

 

化学式とか

科学全くわからないけど、オキソとカルボンはなんかあるやつやろ、オキソ基とかカルボン酸とかそういうアレで!

 

それぞれの物質の特製までは調べきれなかった。

また見てから調べよっと。

 

 

 

しかしこの舞台、全通してもよくわからないまま終わりそうな予感がする…。

人の顔の見分け、苦手なんですよ。

 衣装もみんなこの青いやつを着てたら、わたしは何もわからないまま2時間を終える自信がある。はあ、どうなるんだろう…。

 

 

 

観てきました。とりあえず2回観た時点での感想

kansoubn.hatenablog.com

*1:「パルスのファルシのルシがパージでコクーン」的なやつでは?という意味で

推しのSNSとマシュマロ返信

仕事が進まないので今日はもう閉店しました。
推しがかわいいことを何も考えずに書き散らかします。



 


ナイーヴな寿司屋の見習いみたいな顔のパネルの前に、上下白で決めた推し。
すごい落差。
いや、板前だって上下白ですけど(板前ではない)、全然雰囲気が違うなー。いいなー。一粒でなんども美味しい。

アンコールのタイミングで中に物販のTシャツを着てオール白になっていたタイミングがあるんですが、お、推し!いまカレーうどん食べたら大変だね!!! と無駄に心配しました。


歌ってる最中に暑くなったのか、上のジャケットを脱ごうとしたら
「fooooooo!!!」という歓声が客席から巻き起こり、
それに気を良くしたのか、ニコニコ笑顔で半分脱いだジャケットを着直したところが可愛かったです。
手のひらで転がされるファン。



 

 

 

はあ、この1部と2部の差。
かっちり決めた1部と前髪を下ろした2部。
夜なのに、室内なのになぜかサングラスをかけて現れる推し。
意味がわからない。それがかっこいいと思っているのか!
くやしい!かっこいい!!!!!



 

 

 


推しの手がおっきい。
手がおっきいっていいですね。あらゆるものを掴めそうだ。
ジャージーボーイズコンサート、とても嬉しそうに楽しそうに、誇らしそうに歌う推しが素敵でした。推しが歌う姿を見ていると心が洗われるようだ…

ノリノリでお尻を振って、伊礼さんにペンラで尻を叩かれるところも含めて最高…。
なんたるキュートさ。
自分のコンプレックスだと語っている部位を!客席に突き出し!
尻を振りながら歌う186cm男性の破壊力たるや!!!!


 

 

 

 

 
これ!!!!!!!!
クリアファイルで売られている画像と同じ時に撮影したものだと思うんだけど、これ!!!!!!!!!!!
めっっっちゃくちゃかっこよくないですか……
作詞してて疲れ果てて倒れた瞬間(体は浮いているから)なのか?とか
眠っていて髪をかきあげようとしているのか?とか
ストーリーを感じさせる、雰囲気のある画だなあと思います。

今よりひとまわりくらい肩と腕が細い感じ。
やっぱりTMO用にかなり身体を大きくしたのかなー。




 

 

 

 



ふつうにしているとふつうの気のいいおにいちゃんみたいだ。
このTシャツかっこいいな。欲しい。普段物販のTシャツ滅多に買わないんだけど、これは欲しい。

 

 

 



 


一人だけ若干目線が外れている推し。
目がきれいだなあ。そして髪の毛がふわふわだ。
ところで、なんでめがねアゴにかけているんだろうか。蔓が長いのか?


 

 

 

 

 

 

なぜ推しの髪の毛はプライベートではくしゃくしゃなのか。
美しい歌声と引き換えに、プライベートではふわくしゃになる呪いにでもかかってしまったのか。その謎を解き明かすべく、取材班はアマゾンの奥地へと飛んだ…。

しかし髪の毛がくしゃくしゃだとしても、それすらキュートに見えてしまうのがすごい。
推しフィルター? でも186cmの人の髪の毛がぴよっとしてたら、「おっ…!」と思いませんか。
「髪の毛がぴよっとしている」という単語が似合う186cm30歳男性ってなかなかいないと思います。

ありがとう!!!推し!!(謎の感謝)


 

 



マシュマロ返信


すごい!長文だ!!
理解がなかなか追いつかず申し訳ないのですが、これは私が書いたブログの記事から、昨今のTwitterのTL(の一部)を賑わせている問題について、投稿者さんが思ったことを書かれた文章…という理解で大丈夫でしょうか?(という前提で話を進めますね。わたしが書いたものに対しての意見…という感じを受けなかったので。違ってたらすみません)

問題が何か議論するためには、自分の感情や経験をベースにして話すのではなく、出来事を客観的に見つめ、理解し、なるべく感情と切り離して話すことが大事だと思います。感情で話しても埒があかないので。

しかしそれは、あくまでも討論や対話をすることが目的の場合かなと思います。
対話が目的でないのであれば、感情先行で話をするのはその人の自由だと思うからです。

だけど、討論や会話の場面でも感情で押し切ろうとする人って確かに多いなーというのは生きていて思います(めんどい)。

みんな感情だったり自分の経験を大事にしすぎたり、絶対視しすぎでは、と思います。
73億分の1でしかないんですけどね自分の感情だったり経験って。
だからといって粗末に扱って良いものでもないというのが難しいところですけど。



 

 

 


痛くて頭のおかしいオタクなので、自分の機嫌をとるためにイッヌを連れて行きました。
うちのイッヌは現在、ティッシュケース界ではかなり経験豊富な存在になっていると思います。



 

 


ポエマーおばさんというのは「突然の暴力にどう対処するか 〜インターネットで殴られたら〜」という記事に書かれてた事柄についてなんですけど、そうかー!と思ってわたしも読み返しました。
うーん…なかなかよく書けている…(自画自賛
ちょっと長すぎますが、今のわたしにはこれが精一杯なので、頑張って書いたんだなー!と思いました。褒めていただけてうれしいです。やったね!

わたしは自分が何を考えているのかとか、自分の体調がどういう状態なのかを把握するのが下手くそです。(そのため作業効率が上がらなかったり、体調が悪くなったりしがちです)だからなるべく自分のことを他人のように考えるようにしようと思っています。
自分のためにやっていることが、回り回って他の人に何かしら影響があるというのは不思議な感じがします。

ひらめさん、おこわさんってかわいい。
もし次に黒っぽい子が来たら、たぶん「にまめ」さんになる気がします。




 

 

 


しりませんでした!!!!!!!
土は死んだりしないんでしょうか。
なんとなくメルヘンな感じで、タバコを植えたらタバコが生えてきたの…!みたいなのも素敵だな妄想していましたが、害獣除けか…。
いや、しかしそれはそれで、ハードボイルドでかっこいいかもしれません。
結界みたいな…(厨二)



 


いつだってマシュマロを待っています。

ふわふわにされたいんや。
質問でも感想でもお題でもなんでも。
 
 
 
 
それでは皆様、良い推しライフを!
わたしはワンチャン現場を増やせないかと狙ってます。
体力と相談だな…

私を消費して欲しかった

 


 

 


ここから始まるツイートプラスα。
俳優をコンテンツとして消費すること、他人を人間ではなくコンテンツ視するということなど。
前半はエッセイかよーみたいな自分の話、後半が本題。


…のつもりだったけど、あまりにも前半が自分語りすぎたので、前後編に分けます。
俳優に関しての話は次回。ファン同士のあれこれも書くかもしれない。
その前振りとして自分の話をします。



今回は自分含め、若い頃にありがちな自意識の話。
俳優や他者のコンテンツ化の話を直で書きたいんだけど、自分の話を書いてからじゃないとうまく整理がつけられない。短期間で練り上げてまとめるだけの文章力と思考力も足りないし。だから冗長だけど、今の自分の考えの記録も兼ねて書く。*1






田舎は都会と違って娯楽が少ない。文化的なものに触れる機会も少ない。わたしが住んでいた山を切り崩して作ったニュータウンにはコンビニがなかった。大通りに面した場所にある個人商店と、中心部にある22時までやっているスーパーとその中にテナントで入っている書店。子どもがお金を使える場所はそのくらい。


映画館は市内の街の中心部に。それも中学の頃に廃業した。美術館はそれより先、大きな川を越えた場所にあった。わたしが住むニュータウンからは、市内へ行くバスは30分に一本だったか。子どもには片道1000円未満のバス代も惜しかった。図書館すら徒歩圏内にはなかった。


そんな場所での娯楽は必然的に身の回りのことになる。テレビか人間関係か。
○○さんのお宅でこんなことがあった、××さんの家のお兄さんは今度あの会社に勤めるらしい、あの家の人は宗教にハマっている、この家の人は非常識だ。
聞きたくなくても毎日毎日誰かの話が耳に入る。家でも学校でも。


本人の目の前では笑って話をしながら、裏では馬鹿にしている様子を見るのが嫌だった。なんだかんだで皆が上手くやっているように見えるのも嫌だった。他人に迎合して誰かを悪く言うなら、一人でいた方がよかった。本当はそんなの強がりだしさみしかったけど。





わたしは親の仕事の都合で何度か転校を経験した。違う県の方言をからかわれた。話すのが恥ずかしかった。同じ県内での転校でも、その土地によって常識が全く違った。同じを服を2日着るのが普通で、毎日服を替えるのは気取ってると言われたり。村のお祭りの日は該当地域の子は神事への参加のために早く帰ったり。
土地によって「常識」は異なり、それは普遍的なものではないと知った。




姉は優秀だった。そしてわたしより長い間、栄えた場所(と言ってもその周辺の県と比べるとだけれど)に住んでいたので、親が家を建て、田舎に定住することに不満を持っていた。田舎を馬鹿にし否定し、かたくななまでにその土地の言葉を話そうとしなかった。

姉には夢があった。だが彼女は「良い子」だった。
気が進まないまま親の意向で地元の銀行の入社試験を受け、怒り狂って帰ってきた。
そしておそらく、初めて親に反抗をした。

姉は、泣きながらいろいろなことを根掘り葉掘り聞かれたと恨み言を親に言い、こんな田舎は大嫌いだと大声で喚いた。何を聞かれたのかはよくわからないが、家や親族の経済状況などを調べられたというようなことは口にしていた。


みんな誰かの知り合いの、狭い世界。隠し事ができない狭い世界。他人の噂くらいしか娯楽がない世界。
普通に暮らすだけでもプライベートなんてないに等しいのに、そこをさらに掘り下げられ暴かれる。姉にはそれが我慢がならなかったらしい。




誰もが誰かのコンテンツだった。それが当たり前だった。
だけどその「当たり前」を受け入れられず、姉は田舎を出た。
そしてわたしも。






都会は息がしやすかった。
誰も自分のことを知らない。
人の数だけ「世界」があった。

「感度が高い人はあの隠れ家みたいな店を当然知っていて」「あのあたりのグループと顔見知りじゃなくちゃ駄目で」「あの人のことは誰でも知っているのが当たり前で」
そんな狭い狭い世界での「最先端」がしゃらくさくて田舎を飛び出した自分には、東京は自由になれる場所だと感じた。
誰も自分を知らない。隣にいる人のことも知らない。興味もない。
「名前のない誰か」になれる環境は、自分に染み付いた土地の呪縛が解けるようだと感じた。





だけど東京で暮らしてしばらく経って、ある時、ふと気付いた。
いつの間にかわたしは自らを演出し、自分をコンテンツとして他者に提供するようになっていた。
田舎を飛び出し「自由」を手にしてわたしがやり始めたのは、嫌でたまらなかった「××で◯◯をしている△△さん」に自分を落とし込む「コンテンツ化」だった。


キャッチーなラベルを貼って、わたしはこういう人間ですどうですか面白いでしょうさあさあ手に取ってください他と比べてみてくださいよあなたを満足させてみせますよと売り込む道化みたいなことをいつの間にか必死に繰り返している自分。






他人にコンテンツとして消費されるのか、
自分をコンテンツとして消費させるのか。

その頃の主従は完全に逆転していて、わたしは他人に消費されたがっていた。
魅力的に自分をパッケージングしないと、他人の目に留まらないと思っていた。


荒っぽくてもなんでもいい、
わたしを消費して欲しかった。
見て欲しかった。
誰の目にも留まらないのなら、それは自分自身に価値がないということだと信じていた。




震えないように声を張り快活に笑い、
こわいものなど何もないかのように不遜に振る舞い、
「わたしはこういう人間です」と主張をしなければ
誰にも見つけてもらえないと思っていた。





素材の荒さをごまかしてそれらしく見えるように着飾って、他人の目を欺いて、
しかしそれで得られるものには1ミリも興味がなかった。
軽蔑すらしていた。
こちらを見つめる視線を、差し出される手を、よくもまあこんなものに騙されやがってと唾棄しながらも、求めずにはいられなかった。
手を伸ばしてもがき続けるしかなかった。
多くの人間が当たり前のようにやっているように見える「真っ当な方法」というやつが、
わたしには皆目見当もつかなかった。

自分のことを見て欲しかったし、見つけて欲しかった。
嘘を見抜いて、暴いて欲しかった。
その嘘も含めて、丸ごと自分を承認して欲しかった。




「差し出す」「受け取る」というような関係性は自分の中には育っておらず
「与える」「奪う」という方法しか知らなかった。

高いところから低いところに水が流れるように、
何かに秀でた人間が世の中を動かし、
持たざるものはそれを受け入れるしかないと思っていた。










紆余曲折を経て、幸運にもわたしはその呪縛から脱却できた。

しかし最近、そういう虚像や偶像や、願望や、いびつな人間関係を目撃することが増えてきた気がする。
おそらく、いま自分が首を突っ込んでいる界隈のせいだと思う。





「消費をされる」ことと「消費をさせる」ことは違う。
後者には主導権があるが、前者はそれが曖昧だ。


自分で自分をコンテンツ化し「消費される」道を選んでしまうこと。
自分で自分をコンテンツ化し「消費させる」道を選ぶこと。
他人の手を借り自分をコンテンツ化し「消費される」道を選んでしまうこと。
他人の手を借り自分をコンテンツ化し「消費させる」道をぶこと。

コンテンツ化を望んだ対象を消費すること。
コンテンツ化を望まない対象を消費すること。
相手がコンテンツ化を望んでいない部分まで侵すこと。




ジョハリの窓だとかメタ認知だとか、金だとかビジネスだとか心の平静だとか。
承認欲求、自己顕示欲、嫉妬、虚栄心、プライド、マウンティングだとか。
なんだか随分と虚像や人間の感情を揺さぶる界隈だと思う、
消費する側も、される側も。





次はもう少しコンテンツ化について、一般化して話を書きたいと思う。





 

マシュマロやってます

 

感想とかお題とか質問とかアマゾンギフト券のコード(←即物的)とかお気軽に。

DMも開放してます。

 

 

 

コンテンツ化じゃないけど承認への衝動として重なる話

灯りをつなぐように - 晴れた日のねどこ

 

 

*1:時間をかければ自分がめざすところに着地できるかもしれないんだけど、なんかそこまでして書くものか?ブログって、というツッコミもある。一つのことに腐心して時間を使うよりは、粗削りでもいいからとにかくアウトプットを繰り返して、長期的に文章を書くスキルを上げることの方が良さそう。質より量。

推しのイベントのために中国遠征。失敗したことよかったこと


推しが突如ファンイベントをぶち込んできた。
まあ…行くしかないじゃないですか…

推しは過去に、ブログで「一生よろしくお願いします」と書いています。
そっちがその気なら、こっちだって海外くらい行ってやるわ!!オタクなめるな!?
という謎の闘争心もあり、行ってきました。

この記事では予約手順や失敗点、よかったことなど備忘録として書きます。


前回の中国行きの際の記事はこちら。

使用サイト詳細もこちらに載ってます。




航空券チケット予約が9日前というギリギリぶり→△

会場は杭州だったのですが、「杭州?なんだそれは?どこだ?」と首を傾げていました。
どうやら上海から高速鉄道で、あるいは北京で飛行機乗り継ぎなどのルートがあるようでしたが、今回は後者を選択。
税金や燃油サーチャージ含め 50,340円。
もう少し早ければ違ったかなあ。いつもチケット予約が億劫で先延ばしにしてしまう。


 

宿泊施設予約→4日前◯

Booking.comで三つくらい仮押さえしてから他をキャンセルしました。
カードで先払いだと思ったんだけど、フロントでも支払い作業をした気がするんだよな…後でちゃんと確認しよう…。
予約した部屋と違ったり(先に別の客を通していたので部屋が埋まっていた)、説得された部屋の設備が壊れてたり、不備があったから変えて!と言った部屋の便器にさよならしきれなかったうんこがいたりしましたが、後から考えると立地も良いし、好意的な見方をすると杓子定規じゃなくてフレンドリーな対応をしてくれる良い宿でした(悪いことは忘れていくスタンス)

 


Wi-Fi→△

今回もイモトのWi-Fiにしましたが、前回お世話になった中国プレミアム回線プランが在庫枯渇のため停止。
保障プランも微妙に値上げされているし、VPNも別途申し込みが必要で、8,564円。高い…
前回は3日間で5,428円だったので、微妙に不服です。
もうちょっと余裕をもって、グローバルWi-Fiなども調べたらよかったかも。
USBポートなどのオプション品も、イモトより安いみたいです。


そしてVPNネコも併用していたのですが、繋がらないことも多々ありました。やはり中国行きはVPN付きプランが安心。学び!
そして大容量プランじゃないと詰む!(詰みかけた)




あってよかった

小さいメモ帳とサインペン
ライン中国語翻訳(またはgoogle翻訳)で書いた文章を書いて道行く人に見せてコミュニケーションをとってました。
「中国語ができません」+「◯◯に行きたい」、「◯◯についたら教えてください(途中下車が必要なリムジンバス内で)」など。
携帯の画面だと文字が小さいので聞いた人の年齢によっては見づらそうにされたりしました。
やはり最後に勝つのは紙とペンだな!!!

 字が汚いのはほっといてください。





100均の水筒
喉が渇いた…あ、中国元持ってないわ!飲み物買えねー!!
というときに、マイボトルがあって本当に助かりました。
買ったばっかりだったのに、最後の最後でなぜか底に亀裂が入るというトラブルがあったので、
「ま、まさかお前…おれを、かばって…!!?!?!」と謎の感動をした。

 

100円だから惜しくないけど、今度はカバーをかけたほうが良いかもなー。
ほんとこれは助かった。次も持っていく。

 



微信
中国版LINE。
意外なことに、これ翻訳機能があるんです。
なので日本語でメッセージを送ったものを、相手が中国語に翻訳できる。(逆もOK)
宿の女の子とのコミュニケーションの際に使えました。
後でお礼のメッセージ送っとこう。



イッヌ
ティッシュケースです。かわいい。かさばるし邪魔です。
心細くなったときにさわってふわふわぶりにほっとしたり、寝るときに抱っこしてました。


誰にも迷惑かけてないので見逃してくれ。
自分が機嫌よく過ごすために必要なので連れて行きました。
心の平静を保つために必要なので、他人に変な目で見られようが気持ち悪がられようが、その辺は承知の上です。
 
 
 
 
 
最大のトラブル、両替
 
なぜかいつも「後からなんとかなるじゃろ」と謎の余裕を発動してしまうのですが、ならねーーーーーよ!!!
前回もそうでしたが、宿で両替できないんですよね台湾と違って(多分ホテルによる)
 
今回は土曜に中国銀行が開いていたので手続きができた…と思ったら、
「税金を納める番号がないと両替できません」と言われました。
なんだそれは…?マイナンバーのことか?
ちなみに保険証の番号を見せたけど違うと言われました。まじで謎。
 
ATMキャッシングも試しましたが、キャッシング枠を0円にしていたのか「残高がないので引き出し不可だよ」と機械に断られました。
詰んだ…空港に行くか…としょんぼりしていたのですが、そこに颯爽と謎のおじさんが登場。
係の日本語ができる職員の人に「他の人の力を借ります。その人にお金を渡してください」と言われるままお金を渡すと、あれよあれよと言う間に日本円を中国元に両替してくれました。
 
えーーーーーー!!!!おじさん!!!!!!お礼を!!!!と言うと、「いいからいいからー」みたいに手をひらひらさせて去っていった。
 
 
ちょっと泣きました。
 
 
下世話な話ですが、彼のかばんのなかに100元の札束が2つむき出しで突っ込まれていたので、経営者とかなのかもしれない。
これがノブレスオブリージュってやつか…とふるえました。
 
もう今度から絶対全額ちゃんと空港で両替する…
 
 
 
 
空港で指紋を取られたり、両替所で紙幣の番号を控えた紙を渡されたり、土曜なのに銀行が空いていたりと前回と違うところもちょこちょこあったんだけど、色々厳しくなってるのかなあ(銀行は関係ないけど)。
 
 
 
 
 
 
行く前は不安でしたが、行ってよかったなー!
いろんな人に親切にしてもらいました。わーい!
 
またきっと海外公演あるだろうし、節約してお金貯めよう。
 
 

 

 
 
イベント内容はSNS禁だったか謎なので確認するとして(写真は不可だった)、
純粋な旅行記は備忘録としてまた書きます。たぶん。
 
 
 
マシュマロやってます。
なにかあれば。

【往復書簡】人間や考え方についてのあれこれ〜美人がお金持ちを選ぶ理由〜返信①


こちらの記事にDMで感想をいただきました。
引用しながらお返事エントリを書きます。
記事中にリンク切れしていた元記事の魚拓も貼っています。
 
 
 
推し事についても書いているのですが、分量が少ないのでカテ違いと感じられたら申し訳ありません。推し事部分は要約すると「好きって気持ちを免罪符にしてなんでもやっていいわけじゃねーぞ、相手は好意を断れないんだからな…」といういつも言っているような話です。
なので、推し事部分だけ読みたい方は全部読まなくてOKです。
 
 
ざっくり元記事の内容を書くと
  • オモコロの小山氏が美人にインタビューした記事が気持ち悪い
  • 何かに優れているからイージーモード…?なわけないだろ!
  • 「持つ者」にもこんな大変さがある
  • 賞賛が時に暴力にもなりうる
  • 若手俳優がファンを選ばない理由とは?
こんな感じです。
 
では行ってみましょう。
 

バックグラウンドとオモコロの記事の感想

「美人がお金持ちを選ぶ理由、若手俳優がファンを選ばない理由」読みました。
 私は血の通った人間をコンテンツとして消費しているタイプの人間です。
理由は簡単で、人間関係を築こうとしても私が大抵の人間と相性が悪いからという経験則です。

私の思う人間関係は相互扶助の関係です。
ですが、人って割と他人と向き合うことにテキトーといいますか、私は私なりに100%で向き合っているのに相手は60%かそこらで応対してきているように感じて、私にはそのズレが苦しかったんです。
100%で応対すること自体、周りの人間らしくなくて、しかもきついのに辞められない。
でも、相手は同じレベルで応対してくれないことに、ただ勝手に期待して、勝手に失望しただけなんですけどね。

私は人間関係を築こうとするとその場限りでも必ず100%しかできません。
でも、相手にそれを望むのは酷というものです。
じゃあ、期待しない失望しないその解決策が相手のコンテンツ化です。(補足ですが、同様に自分もコンテンツ化しています)
相手は生き方・話し方・目端の動作・その他諸々含めて全部エンターテイナーであって、観客である私を楽しませてくれる人であると思っています。

もし対応が気に食わなくても、それは私が相手の顧客になれなかっただけで、相手も私も悪くない。

もしかしたらタイミングが違えばまた楽しめるかもしれない。
 
そう思うと相手に過剰な期待をしなくて済むし、自分も相手に同様に接していれば、100%であっても違和感がない。だって、私は顧客全員に楽しんでほしいから。
でも、エンタメとして魅せる方法は人それぞれだから全力かどうかはどっちでもいい。
楽しめればそれでいいと、そう思っています。



そんなタイプの人間が、噂の元記事(かんそうぶんさんの魚拓)で読みました。
※2人目のインタビューが次ページのため魚拓ならず1人目のみ。

正直、個人的には気持ち悪いとも思いませんでした。
 いや実際気持ち悪い文章だったし、思想的にも気持ち悪いんですけど、演出された気持ち悪さだなと思ったんです。
だから、私の感情的には別に何も思わないが本音でした。 私は他人がどう考えているかは気になるし知りたいし理解したい人間ですが、考えている内容というか嗜好には興味がないと言いますか……物事があってそれに対してそういう風に考えるようになった経緯が知りたい派です。
だから結果というか興味のない人間のアウトプットされているものはただの情報であって、どうでもいい。
 筆者の意見は純粋に気持ち悪いですけど、他人からどう思われるか、それを言ったら相手がどう思うか一切考えない姿勢は逆に尊敬できるように見えます(なりたいわけではないです)。
自分の立場や名前それらに付随する信用を、ああして自分でぶち壊せるのは拍手ですね。そのうち信用の自己破産しそうだな!って思いました(小並感)
 

 これまたすごいのはあれ多分意識して気持ち悪く書いているように見えるんですよね。
じゃなければ、お相手の美人さんの無言を記載できないと思います。
自分が気持ち悪いこと言っている自覚があって、気持ち悪い演出をされている。
好意的に捉えるならば、筆者と同様に考え伝えることが悪い例だと道化の演技をしているようにも見えました。
なのに、消してしまうあたりが一貫性がなくてダメだなと思います。だから、多分道化の線はなしです。

あと記事の主題である「美人として生まれてきた人生観」を訊きたいならあのインタビューは正直クソです。
でも、あの記事を読んでいると、知っていましたけどやっぱり美人も一個人だなって思いました。むしろハンデとして美人がのしかかってる。
そういうことを表現する手法としては悪手であるけれど、十分伝わると感じました。
 

 私としては「美人として生まれてきた人生観」と、美人というハンデについて率直な意見が訊いてみたかったです。
 あの記事、過剰に演出されているとはいえ、多かれ少なかれ美人に対する偏見を的確に表現していると思います。
「美人は羨ましい」という感情を、誇張に誇張を重ねたらああなるんだと思いました。 それなのに、あの記事に対して気持ち悪いと言っている人の多くはかんそうぶんさんみたいに本気で賞賛が暴力だと思っている人は少ないと思います。なんたる矛盾。
 
 

バックグラウンド

私は血の通った人間をコンテンツとして消費しているタイプの人間です。


これを初めに見たとき「??」と思ったのですが、読み進めるにつれなるほどなあと思いました。
ここでいう対象は、芸能人有名人に限らず、自分の身近な人間も「コンテンツ」として消費しているということですよね。

 

 

 


相手は生き方・話し方・目端の動作・その他諸々含めて全部エンターテイナーであって、観客である私を楽しませてくれる人であると思っています。


この部分だけ取り出してみると、背筋が寒くなるような気がします。

ですが投稿者さんは「私が相手の顧客になれなかっただけで、相手も私も悪くない」とも言っています。つまりキレる団塊の世代のように「我こそはお客様だ、俺を楽しませろ!」という利己的かつ世界の中心は俺!という姿勢ではなく、ある部分で割り切って、相手と自分を切り離し俯瞰してみているんだと思います。


 

 


オモコロの元記事について


正直、個人的には気持ち悪いとも思いませんでした。
いや実際気持ち悪い文章だったし、思想的にも気持ち悪いんですけど、演出された気持ち悪さだなと思ったんです。


すごいのはあれ多分意識して気持ち悪く書いているように見えるんですよね。
じゃなければ、お相手の美人さんの無言を記載できないと思います。


な、な、なるほど!!!!!
目から鱗が落ちました。確かにあれは、あえてああいう演出をしている…!


 

 


オモコロの元記事はクソ記事なのか?


自分が気持ち悪いこと言っている自覚があって、気持ち悪い演出をされている。
好意的に捉えるならば、筆者と同様に考え伝えることが悪い例だと道化の演技をしているようにも見えました。
なのに、消してしまうあたりが一貫性がなくてダメだなと思います。だから、多分道化の線はなしです。



ここの意味がちょっとわかりませんでした。

  1. 気持ち悪いこと言っている自覚がある→インタビュアーの小山氏
  2. 気持ち悪い演出をされている→筆者が気持ち悪く演出をして書いている
  3. 筆者と同様に道化の演技をしている→インタビュアーの小山氏


ということでしょうか。
インタビュアーと書き手(筆者)を別人だと思って書いているのかな?と思いましたが、両者は同一人物なので道化はありうるかなと思います。

 

 

 

なのに、消してしまうあたりが一貫性がなくてダメだなと思います。


消す判断をしたのがオモコロなのか小山氏なのかはわかりません。
しかし、尖った表現をしたいのであれば初志貫徹してほしい。
反論が出てきたからといって、2年前の記事を消すというのは根性がないなと感じます。

 

  • 意図を説明する(表現者としてこれはある意味敗北ですが)
  • そのうえで取り下げなりそのまま掲載するかを決めアナウンスをする
  • 不快な思いをした人間へのケアをする


こういう後処理があればよかったのではと思います。

 


個人的には「取り下げるくらいならギリギリのラインを狙うな、拳を振りぬけ、打たれても目を見開いて倒れるな!!!」乱暴なことを思います。
「あーこのライン大丈夫かなー、ダメかなー」というあやふやな計算ではなくて、
「このラインはギリギリだが俺はやるぜ?」という攻めの姿勢で行ってほしい。

 

どこまでもバトルスタイルを貫く戦闘民族、それが!





 

 

 

 

 

 



Style!!!!!!




 

 

 

 

 

 




話が逸れました。
まあどっちでもいいんですけど、ギリギリのライン狙いであれば当然リスクはつきものなので、炎上したら素直に「ごめんなさい」すればいいと思います、わたしは。その後の対応に本質が出ると思っているので。
この件に関しては、後の姿勢に片手落ち感を覚えました。
(もしわたしが見落としていて、該当記事への言及が公式でありましたら申し訳ありません。)


 

 

 

 
あの記事の趣旨はなんなのか


記事の主題である「美人として生まれてきた人生観」を訊きたいならあのインタビューは正直クソです。
でも、あの記事を読んでいると、知っていましたけどやっぱり美人も一個人だなって思いました。むしろハンデとして美人がのしかかってる。
そういうことを表現する手法としては悪手であるけれど、十分伝わると感じました。



インタビュアーの小山氏と登場する「美人」の話の通じなさ加減で、価値観の断絶であったり、美人の苦しみは表現されていますよね。



だけど記事冒頭で小山氏はこう語っています。

今回は美人を呼び出して、自分が美人だという事実を飲み込んでもらったうえで、人生観をがっつり聞きたいと思います。謙遜こそ美徳という風潮に隠されて今まで知りえなかった真実に迫る!

 


残念ながら2人目のインタビューを読めていない(読もうとしたら気持ち悪くなって読み進められなかった、その後読もうとしたら記事が消えており、魚拓でも次ページに進めなかった)ので、どうオチをつけたのはわかりません。
ですが、1人目の時点では「美人として生まれてきた人生観」は聞き出せてないとわたしは感じました。「美人だという事実を飲み込んでもらって」とのことですが、一方的に美人だ美人だと押し付けただけで、相手は飲み込んでないですし。


 

 

 

 


私としては「美人として生まれてきた人生観」と、美人というハンデについて率直な意見が訊いてみたかったです。


わたしもそう思います。でもこれ、語ったら語ったでマジョリティに殴りかかられるやつなので、なかなか聞けないやつなんですよね…。


 

 

あの記事に対して気持ち悪いと言っている人の多くはかんそうぶんさんみたいに本気で賞賛が暴力だと思っている人は少ないと思います。なんたる矛盾。


ここはどうなのかなあ。はてなブックマークを見ている限りは、同じ思いの人もいそうです。

はてなブックマーク - 美人ってどんな気分?美人に人生観を聞いた! | オモコロ

 

暴力とまでは言ってないけども。




 

 


「美人がお金持ちを選ぶ理由、若手俳優がファンを選ばない理由」感想

 


記事の感想が主になってしまいましたが、「美人がお金持ちを選ぶ理由、若手俳優がファンを選ばない理由」を読んでていて思ったことを書いていきたいと思います。

『持つ者』の苦しみは持ってない人にはわからないとありましたが、逆に持ってない人の苦しみも持つ人にはわからないんです。
まあ、当たり前すぎて明言されていないだけだと思いますし、持ってない人の方が多いので大きな声はあちこちで見受けられますし、『持つ者』が苦しんでいることをさっぱり理解していない持ってない人が多くて、結局あれなんですけどね。
マイノリティを文章にするとき、マジョリティのことを忘れてしまいかねないので、両方の文章がほしいなって思いました。(これは感情論なんですけど!)
 
人生幸せで問題なく生きている人間っているんでしょうか。いると思わないと希望が持てなくてやってられないのに、現実みんな似たり寄ったりなんでしょうね。生きるのって難しい。

あと「賞賛は、時に相手を孤独に追い込む」の章で「あなたが好きだ」が賞賛に含まれていたのが気になりました。
かんそうぶんさんは「あなたが好き」を賞賛にカテゴライズされましたが、私はそうではなかったからです。
多分メインは「『好きだから』を免罪符にしたDVもストーカー」に繋げるためだと思うのですが、個人的には少し不服でした。
理由は「好きだから」を免罪符にして相手に迷惑をかける人はそれこそマイノリティだと信じているからです。(思うからにできないのがちょっと歯痒い)



「好き」って言葉には言い含められない色々な感情が含まれると思います。それこそ無償の愛から愛憎まで。 「好き」を賞賛に使う人もいますし、私も使いますが、賞賛のみの意味だとは決して思いません。
私はかんそうぶんさんの文章・考えること・頭の中がそれこそ”好き”ですが、この”好き”は褒め称えて自分とは違うから崇めているという意味ではなく、私の感情を表すのに一番適切だから”好き”と用いました。
もし、そうして感情表現の”好き”と伝えられるのが苦痛でしたら以降双方にとって適切な言葉がないかと改めますが、私はそこまで詳しくかんそうぶんさんのことを知らないのです。


他人の目線に立つのは大事ですが、所詮他人は他人であって相手にはなれない。だったら自分の考えられる範囲で相手のことを考えて、伝えるしかないのではないのかと思います。




「自分が言われてうれしいことは、相手も言われてうれしいはず」は正直他人である以上、仕方ないことだと思うのです。
相手をトレースする能力はそれこそ異質ですし、相手が嬉しくないならそれを伝えてくれなきゃわからないんです。
 職業や立場諸々考えて、嫌なことを嫌というと角が立つ世界が一番ややこしい原因なのではと個人的にはそう思います。

余談ですが、マイノリティの反対であるマジョリティやら普通やら一般ですが、結局それらの正答はどこなんでしょうね。 個人的には、とある面から見たらマジョリティだったとしても、それらを構成する個人は何かしら別のマイノリティの人であって、つまりは別のマイノリティの集合体だと思っています。
なので、マイノリティが別のマイノリティと喧嘩するのって不毛だよなぁと感想を抱いたり。

みんなふわふわ生きていられたら幸せなのになー。ふっわふっわ!

 

 

 

 

 


『持つ者』の苦しみは持ってない人にはわからないとありましたが、逆に持ってない人の苦しみも持つ人にはわからないんです。
マイノリティを文章にするとき、マジョリティのことを忘れてしまいかねないので、両方の文章がほしいなって思いました。

 

 

 

 

 この説明文のように「孤独」にスポットを当てるなら、確かに対比させるために両方あった方がよかったかもなーと思いました。切り口むずかしい。



 

あと「賞賛は、時に相手を孤独に追い込む」の章で「あなたが好きだ」が賞賛に含まれていたのが気になりました。
かんそうぶんさんは「あなたが好き」を賞賛にカテゴライズされましたが、私はそうではなかったからです。
多分メインは「『好きだから』を免罪符にしたDVもストーカー」に繋げるためだと思うのですが、個人的には少し不服でした。
理由は「好きだから」を免罪符にして相手に迷惑をかける人はそれこそマイノリティだと信じているからです。(思うからにできないのがちょっと歯痒い)



今回は「相手を一段上の存在として見るという無意識の差別行為(=賞賛は相手を異物だと認識すること)」という意味でまず使いました。
その後DV、ストーカーという言葉を出すことで、「相手を下に見て好きに扱っても良いと差別行為を行う」という意味で繋げたんですけど、うーーーん、伝わりづらかったかもしれない…。

 


わたしは、「自分より上に見ようと下に見ようと、相手を同等の人間とは扱っていない」と思っています。このあたりの話をすると、「それって相手の能力を認めてないんじゃ?」とか「お前が◯◯と同じだなんておこがましい!」って話に脱線しやすいんですけど、そういうわけじゃなくて、命の価値は同等だし、人間の価値は同等であるべき、という話です。
(実際に同等なのかはわからないし、全人類がそう思え!と思っているわけではないです)

 


何が言いたいのかよくわからなくなってきましたが、
言葉って揺らぎや振れ幅があるものなので、投稿者さんの考える「好き」とわたしが指した「好き」は違うんだろうなと思います。
ちなみに、あの記事の文脈では「好き」は賞賛に入れましたが、自分もいつもそこに入れるわけではないです。

 

 

 

 

 

「好きだから」を免罪符にして相手に迷惑をかける人はそれこそマイノリティだと信じているからです。(思うからにできないのがちょっと歯痒い)


これに関しては、若手俳優界隈に足を突っ込んでドン引きした部分なので、ちょっとなんとも言えないです。「好きという感情はポジティブ!言われて嫌な人なんていない★」というものを多々目撃したので…。

 


若手俳優とファンって、基本は好意をキャッチボールできないと思うんですよ。
だから投げやすい球を投げるのが良いですね、と思うんですが、「ポジティブな感情は相手もきっと喜ぶ★」と、豪速球でドッジボールみたいな球を相手にバシバシ投げる人っているよなー…というのが最近の感想です。

 

それって完全に相手不在だし「ほら!わたしあなたをオナネタにして気持ちよくなってるんですよ!見てください!うれしいでしょう!!!ほら!ほら!!!」と言ってるのと変わらないので、背筋が凍るような思いがします。

とかなんとか言いつつ、自分も推しにスパイク決めてるかもしれないので気をつけたいのですが。いや、本当に…。なんか変な酔っ払いの親戚のおじさんみたいなテンションで接してごめんなさい推し…キモいオタクでごめんなさい本当に…片眉を剃って山にこもるわ…とか思うんですけど…(胃痛)





 

 

私はかんそうぶんさんの文章・考えること・頭の中がそれこそ”好き”ですが、この”好き”は褒め称えて自分とは違うから崇めているという意味ではなく、私の感情を表すのに一番適切だから”好き”と用いました。


えっ好きって言いました!? フヒッ、ありがとうございますwwww

そうですね、褒め称えて自分と違うから崇めているという雰囲気は感じないですし、それだったら投稿者さんのことに対して苦手意識を感じたと思います。
が、投稿者さん(←伏せていますが誰なのかは知ってます)は「あれ?前世で双子だったかな?」みたいに思う部分があるので、何も問題がないです。イエーイ。




 


他人の目線に立つのは大事ですが、所詮他人は他人であって相手にはなれない。だったら自分の考えられる範囲で相手のことを考えて、伝えるしかないのではないのかと思います。


これはわたしも同感で、普段から心がけている部分です。


以前別の記事に書いたのですが、わたしは相手が何を考えているか知りたいです。
だけど、相手の頭の中なんてわかりようがない。嘘をついているかもしれないし、もしかしたら本人が気づいてないだけで、真実ではないことを言っている可能性だってある。

だからわたしは相手に必死に手を伸ばします。
考えて考えて、「こうかもしれない」とアタリをつけて、それを元に相手と接します。
一時的に「こういうタイプ」と仮説を立てて策を講じ、たまにそれを見直します。
「この人はこういう人」と決めつけることはまずありません。
それはわたしの中での敗北か、もしくは本当に相手を見限った時なので。



私は人間関係を築こうとするとその場限りでも必ず100%しかできません。


すごいなあ…と思った矢先、あ、これ自分もそうじゃね?と気づきました。
そうか、わたしもすごいのか…(違)


投稿者さんは、さては…生きるのが大変なタイプですね?
もしかしたら昔(「コンテンツ化」という方法を発見する前)は、真剣に見えない他者に憤りを感じたりしてませんでしたか?
ちなみにわたしは自分に合った方法を発見する前は、割と他人にイライラしてました。不健康〜。




余談ですが、マイノリティの反対であるマジョリティやら普通やら一般ですが、結局それらの正答はどこなんでしょうね。 個人的には、とある面から見たらマジョリティだったとしても、それらを構成する個人は何かしら別のマイノリティの人であって、つまりは別のマイノリティの集合体だと思っています。
なので、マイノリティが別のマイノリティと喧嘩するのって不毛だよなぁと感想を抱いたり。



答えはないと思います。
みんなどこかしら狂っているにも関わらず、自分が安心したいがために、目立ちやすい少数派を殴りつけて生きているんだと思います。幸運なことに、わたしはそういう場所から抜け出すことができたので、日常的に勃発しているっぽいそういうバトルにはあまり巻き込まれることなく過ごしているし、メンがヘラっていく若手俳優オタクのなかでもギリギリ正気を保てています。(多ステする時点でオタクは正気を保てていないので、この発言に信憑性はあまりない)


ちなみにこの辺のマイノリティが云々とか喧嘩が云々というのは、価値観やら承認やらマウンティングにかかわる話だよなと思ってるので、そのうちちゃんと書きたいです。



もしかしたらタイミングが違えばまた楽しめるかもしれない。


余談ですが、この部分に激しく同意しました。

わたしは人間関係は東京の路線図のようなものだと思っています。
あらゆる路線が走っている。
自分の意思でどこにでも行ける。
目指している場所が同じでも、違うルートでそこに向かうこともある。
同じ電車に乗り合わせていなくても、最終的な目的地が違っても、人生の一時の間並走することもある。(湘南新宿ライン埼京線と山手線のようにな)

タイミングが違えば、違う路線に乗り換えれば、また一緒になることもあるかもなとわたしは思っています。それを思い出しました。*1



感想とリクエストその②


いいちこ @iichiko10191
風俗までして1000万かけて全身整形した女の人の話なんだけど、流石にこれは言葉がでない。当たり前の事だけど、突き刺さるものしかない。

追加の感想というか、かんそうぶんさんならどう思うのかなと思ったので、投げかけてみました! 以前話題になったツイートで「整形して美人になったら人生イージーモード(超意訳)」というものがあったかと思います。
ツイート自体がとあるサイトのスクショなので、元サイト探しました。 元サイト https://cakes.mu/posts/13831  該当ツイ https://twitter.com/iichiko10191/status/993031292471070720

元サイトが有料会員なら最後まで読めるタイプなので、多分伝えたいところは有料部分にあるとは思うのですが、無料部分読んでるだけで美人になったら人生イージーモードの意見は多分変わらないだろうと推測できます。
持つ者がマイノリティであって、苦悩を持っているということを前提にして、マジョリティから望んでマイノリティに上がった者の苦悩ってどうなるかなぁとか、その手の意見とか、かんそうぶんさんならどう思うのか気になり、似ている話題だしと追加で送らせていただきました。
本当にただのお話聞きたい願望なので、お時間あれば!で!

 推し事してるというか推し!最高!!してるかんそうぶんさんも、イッヌたちを大事にされてるかんそうぶんさんも、好きなので!!

 




やったー!いえーい!!
イッヌたちの話が出てくるとうれしくなるのはなんでなんでしょうか。
母性ってやつなんでしょうか。(?)

長くなってきたのと、該当記事はまだしっかり読んでないのでまた後日にさせてください。
そして関連記事として、わたしの方もこちらを挙げておきます。


 

あとイッヌの写真も貼ります。
なぜならかわいいから…。そしてふっわふっわしてるから。ふっわふっわ!

 

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お友達が増えました

 

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ひそひそ話、のち就寝

 

 

 

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*1:この理論でいくと恋人に別れを告げるときに「何年後かにはうまくいくかもしれない」という話になるのですが、そういうときにこの話をしてはいけない。別れるときはきっぱりざっくりいきましょう

美人がお金持ちを選ぶ理由、若手俳優がファンを選ばない理由


タイトルこそあえてキャッチーなものにしましたが、価値観の断絶について真面目に書きます。
ブログカテゴリの関係で若手俳優〜との言葉も入れていますが、どちらかというとガチ恋関係なく対象を過剰に神格化する人に読んでほしい。

 

 

 

※残念ながら元記事は削除されてしまいました

https://megalodon.jp/2016-0404-1325-49/omocoro.jp/kiji/78338/

↑↑↑ 途中までですが魚拓です ↑↑↑

 


この方のツイートはここから下記のように続きます。

 

この会話ってよくよく考えたらセクハラのテンプレだ。男の人と思われるアカウントが「『可愛いね』って誉めてもセクハラなの?」って言ってるの見たことあるけど、誉めても貶しても人として扱わなきゃアウト。この記事中で、男の人は女の人を『美人』としか見てなくて意志のある人間として接してない。

だからアウトだし、見てて気持ち悪い。ここで言う『美人』というのは人じゃなく多分、フィギュアみたいな美しいけれど自我のない何か。人ではない何か、です

 

 



このツイートを読んで、いやー大げさでしょう、と初めは思った。
なんだかんだ言って、最後は「美人も大変なんだな、でもやっぱり素敵」みたいな落とし所に持っていくんだろうと思った(それはそれで寄り添っているふりをしているだけなので腹立たしいが)。だけど甘かった。



読み進めるうちに物理的に気持ち悪くなって、わたしは途中でブラウザを閉じた。



 

 


わたしはこのインタビューをしていた小山健さんのことは、オモコロの「ツキイチ!生理ちゃん」で知り、イラストのゆるくてかわいい雰囲気もあり、好感を抱いていた。
が、今回のインタビューで非常にモヤモヤしてしまった。
彼については申し訳ないけれどそれ以外の作品を読んだことはないので、今回は脇に置いておき、話を進める。





美人がイケメンや金持ちを選ぶのは「計算高いから」じゃない


俳優、タレント、モデル、歌手、スポーツ選手、アーティスト、医者、弁護士、一流企業の会社員、一般人の美男美女。


これらの単語を聞いて思い浮かぶのはどんなことだろうか。
かっこいいとか、きれいでいいなあとか、お金持ちなんだろうなとか、そういうポジティブでキラキラした感情じゃないだろうか。


「持つ者」が抱える苦しみを理解せず、自分の感じたポジティブさを善だと疑わず、相手にぶつける人は多い。

それが彼らを少しずつ追い詰めることには気づかない。
もしくは成功を妬み、「大したことないのに」「なんであんな人が?」「この人ブスじゃん?」と軽い気持ちで相手を殴りつける。

残念ながら、そういう人が大半ではないかと思う。



「所詮金持ちがいいんだろw」


女優の結婚相手が報道されると、ネット上でよく聞かれる意見だ。

実際のところはどうかわからない。本当にそうなのかもしれない。
が、わたしはその僻み混じりの言葉に、いつも少し呆れたような気持ちを抱く。

彼女たちがその相手を選んだのは、「一緒にいて楽だから」という気持ちが確実にあると思う。





「持つ者」の苦しみ


わたしの友人には医療関係者がいる。
彼は代々医者の家系で、自分も医者になることを志した。
出会った当時、医学部の学生だった彼と話をしているとき、彼はこんなことを言っていた。

「医者になってから寄ってくる奴は金目当てだから、学生のうちに相手を見つけろって親から言われてるんだよね」

 ああ、親御さんは苦労されたのかなあ、肩書き目当ての人って多そうだもんなあ…とその時は思った。


別の医療関係者の女性はこんなことを言っていた。

「自分が割とお給料がいいから、男の人が萎縮することがある」
「旦那さんは割と良いところの社員だから、そのあたりを気にしなくてよかった」

 


ある企業の創業者の血縁として生まれた兄弟は、数千万の遺産相続の争いに巻き込まれ、たった二十歳そこそこで親族と裁判を闘った。


これらは金銭がらみの悩みだけれど、このような「持つ者」の苦しみは、どこにだって転がっているのだ、実は。



お金持ちだからうらやましい?
美人だからうらやましい?
才能があってうらやましい?
モテるからうらやましい?


出自は選べない。
容姿は選べない。
才能は磨かなければ錆びついていく。
人から好かれることは同じかそれ以上の憎しみを買う。

その人が表に見せる、外向きの部分にしか注視せず、隠れた部分に思いを巡らせない人は多い。
ふとした瞬間に彼らが漏らした弱い部分、影の部分に、言葉は気軽に投げかけられる。


「そんなこと言っても金持ちじゃん」

「いいよねー、かわいいってだけでちやほやされて」
「才能あるっていいよな、俺もそんなふうにやりたいわ」
「え、なにそれ自慢?」


悪気なく無邪気に、あるいは明確な棘を持って投げつけられた言葉に、「持つ者」は徐々に疲弊する。
毎日少しずつ傷つき、心を許した人間のふとした言葉から価値観の違いにショックを受ける。


そんな世界だってあるのだ。





「優れている」「劣っている」そのどちらもが「マイノリティ」

 

 

この方は、集団の中でマイノリティとして扱われた経験を語っている。
言葉を選ばずに言うと、マイノリティは良くも悪くも「見世物」になりがちだ。
そして「自分より劣っている」と判断されれば蔑まれ、「自分より優れている」と判断されれば崇拝の対象になる


そしてそのどちらも、相手を対等な人間として扱っていない。



 

 

褒めること、ポジティブな言葉をかけること自体は悪くない。
だけど相手を自分とは違う異質なモノとして見てないか?
血の通った人間ではなく、コンテンツとして消費してないか?というのは考えた方が良い。


才能を認め尊敬し尊重することと、相手を神格化することは違う。



本人は純粋な気持ちから相手を賞賛しているのかもしれない。
「褒めてるのに何が悪いの?」と、自分の気持ちに水を差されたと感じて怒り出す人もいる。

 


しかし、相手を自分と違う人間だと無遠慮に神格化し消費をすることは、
少し人と違った人を「アスペ」と揶揄する行為と同じように、わたしは時々感じるのだ。






賞賛は、時に相手を孤独に追い込む


あなたが好きだ、あなたは綺麗だ、あなたの才能がうらやましい。
賞賛の言葉が相手を喜ばせると信じ込んでいる人は多い。


だけど時にそれは「お前は異物だ」という審判に、
「お前は孤独だ」という宣告になることだってあるのだ。



自分が言われてうれしいことは、相手も言われてうれしいはず?

それは自分が言いたいことをぶつけているだけだ。
自分に欠けたものを持つ相手に過剰に自分自身を寄せ、同一化を図ろうとしているだけだ。


ポジティブな感情はきっと伝わるはず?

それが成立するのなら、「好きだから」を免罪符にしたDVもストーカーも、この世の中には存在しない。





自分の隣にいる人間ですら、自分と同じ光景を見ているわけではないのだ。
視力の違い、身長の違い、着眼点の違い。
もしかしたら色盲で、色の識別が不得手かもしれない。

だったら、心や感情ならなおさらだ。






美人がお金持ちを選ぶ理由


美人がイケメンやお金持ちを選ぶことが多い理由。
それは計算高いからじゃない。一緒にいて楽だからだ。心が磨耗する機会が少ないからだ。

それはまさにこちらのツイートに書かれている。

 



 

 

 

平均から外れた人間は「マイノリティ」だ。
置かれた状況が近い人間、同じ気持ちを味わったことがある人間の方が、その喜びや苦しみを理解しやすい。

自分と違う人間を、容姿や肩書きに左右されずに見ることができる人間は、驚くほど少ない。
それができるのは、各々が立つ地形を無視し身軽に移動し相手に寄り添うか、自分にわからない相手が見る世界を、わからないまま尊重する人…わからないものをわからないままでいられる人だ。*1





若手俳優がファンと付き合わない理由


このままお堅い感じで締めることもできるが、というか、その方が収まりがいい気もするのだが、わたしは若手俳優関係のカテゴリでブログを書いているので、そこに絡めて「自分のファンとは付き合わない」という俳優の心理の考察をしようと思う。

  • 俳優は自分の武器を理解し、それを磨きファンに見せている
  • ファンに見せている姿はある種の幻想
  • 付き合う相手は「戦う相手」ではない(=使うのは武器ではない)
  • 受容して欲しいのは「光の当たっていない弱い部分」
  • 仕事への意識が高いほど、生身の弱い部分は晒さない(出すのは自分の中で消化し、他者に見せられるようコーティングした「見せてもいい」弱い部分)



「ファン」として近づけば近づくほど遠ざかるというのは本当に真理だなと思う。
だってそれは、自分の「光」に惹かれている人たちだから。
生身の自分じゃない、商品としての自分。

この子は自分の弱さを理解してくれているのかもしれない、
でもそれは「自分の本当の、心の底からの本心」を見ているわけじゃない。
「ファン」にそれを晒せる?



「マイノリティ」である俳優は、同じ業界の中では「マジョリティ」になれる。
だけど「ファン」と「俳優」は、見ている世界が違いすぎる。

…こんな感じかなあと思う。
あとは匂わせとかスキャンダルとか、いろいろ。



若手俳優じゃないわたし個人の勝手な想像・妄想なので、これが正しいのかはもちろんわからない。
「自分の武器」を使ってプライベートで承認欲求を満たす若手俳優ももちろんいるだろうし、そこまで考えていない人もいるかもしれないし(それを悪いと言っているわけではない。)

そして仮にこう思っている俳優がいたとしても、対象にリーチ出来る方法は何かしらある。なのでガチ恋の人たちはなんというか…考えれば考えるほどつらくなりそうなんだけど、策を練ってがんばってください…。





さいごに



余談だけど、「持つ者の孤独」を理解できるか否かは、こちらの @kiris_kirimura さんのモーメントを見てどう感じるかで判断できるかと。これは本当に…本当に最高のモーメントなので、全人類見て欲しい…

腕と翼の話


孤独を感じる「見世物」じゃなく、同じ一人の人間として扱ってもらえることがどういうことかというのは、このツイートに凝縮されていると思う。

 






ちなみに、「あの人はこういう弱いところがある人で…」と過剰に寄り添い、独りよがりな共感をし始めるのは妄想と現実の境界の消失の始まりなので、気をつけてください。

若手俳優のオタクはどんどんそこに足を取られ、自分が相手を理解した気持ちになって気が狂っていくけど、


「あなたと俳優はお友達ではなく赤の他人で」
「その考えは事実だと確認が取れたものではなく」
「あなたがそう感じただけだという話であって」
「相手がどう思っているかは観測不可能であり」
「仮に真実だと相手が言ったとしても、それは嘘の可能性がある」

というのを心に留めておいた方が良いと思う。



今日書いたあたりの話は延々とできるんだけど、ひとまずこのエントリはこんな感じで終わろうと思う。

ちなみに、もうちょっとエモくてポエミーに「持つ者の孤独」を書いた記事はこちら。

 



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以前頂いたDMの往復書簡もそろそろ記事にしておきたいなあ…


それでは良い推し事ライフを!
あーーー、遠征の準備してない!!!!!




5/14 追記
TwitterのDMにて感想と質問をいただきました!わーい!こちら許可いただけましたらそのうち記事にします。

*1:ちなみにわたしはこれを「わからないボックスに入れる」と呼ぶ。わからないボックスを運用できる人間は少ない。人は「知らないこと」に耐えられず、想像で空白を埋めようとして、現実をねじ曲げる。でも、わからないものはわからないものとして、そう認めればいいのだ(とはいえギリギリまで手を伸ばしたいのでめちゃくちゃ考えるタイプです)