晴れた日のねどこ

答えの出ないことばかり考えている

私を消費して欲しかった

 


 

 


ここから始まるツイートプラスα。
俳優をコンテンツとして消費すること、他人を人間ではなくコンテンツ視するということなど。
前半はエッセイかよーみたいな自分の話、後半が本題。


…のつもりだったけど、あまりにも前半が自分語りすぎたので、前後編に分けます。
俳優に関しての話は次回。ファン同士のあれこれも書くかもしれない。
その前振りとして自分の話をします。



今回は自分含め、若い頃にありがちな自意識の話。
俳優や他者のコンテンツ化の話を直で書きたいんだけど、自分の話を書いてからじゃないとうまく整理がつけられない。短期間で練り上げてまとめるだけの文章力と思考力も足りないし。だから冗長だけど、今の自分の考えの記録も兼ねて書く。*1






田舎は都会と違って娯楽が少ない。文化的なものに触れる機会も少ない。わたしが住んでいた山を切り崩して作ったニュータウンにはコンビニがなかった。大通りに面した場所にある個人商店と、中心部にある22時までやっているスーパーとその中にテナントで入っている書店。子どもがお金を使える場所はそのくらい。


映画館は市内の街の中心部に。それも中学の頃に廃業した。美術館はそれより先、大きな川を越えた場所にあった。わたしが住むニュータウンからは、市内へ行くバスは30分に一本だったか。子どもには片道1000円未満のバス代も惜しかった。図書館すら徒歩圏内にはなかった。


そんな場所での娯楽は必然的に身の回りのことになる。テレビか人間関係か。
○○さんのお宅でこんなことがあった、××さんの家のお兄さんは今度あの会社に勤めるらしい、あの家の人は宗教にハマっている、この家の人は非常識だ。
聞きたくなくても毎日毎日誰かの話が耳に入る。家でも学校でも。


本人の目の前では笑って話をしながら、裏では馬鹿にしている様子を見るのが嫌だった。なんだかんだで皆が上手くやっているように見えるのも嫌だった。他人に迎合して誰かを悪く言うなら、一人でいた方がよかった。本当はそんなの強がりだしさみしかったけど。





わたしは親の仕事の都合で何度か転校を経験した。違う県の方言をからかわれた。話すのが恥ずかしかった。同じ県内での転校でも、その土地によって常識が全く違った。同じを服を2日着るのが普通で、毎日服を替えるのは気取ってると言われたり。村のお祭りの日は該当地域の子は神事への参加のために早く帰ったり。
土地によって「常識」は異なり、それは普遍的なものではないと知った。




姉は優秀だった。そしてわたしより長い間、栄えた場所(と言ってもその周辺の県と比べるとだけれど)に住んでいたので、親が家を建て、田舎に定住することに不満を持っていた。田舎を馬鹿にし否定し、かたくななまでにその土地の言葉を話そうとしなかった。

姉には夢があった。だが彼女は「良い子」だった。
気が進まないまま親の意向で地元の銀行の入社試験を受け、怒り狂って帰ってきた。
そしておそらく、初めて親に反抗をした。

姉は、泣きながらいろいろなことを根掘り葉掘り聞かれたと恨み言を親に言い、こんな田舎は大嫌いだと大声で喚いた。何を聞かれたのかはよくわからないが、家や親族の経済状況などを調べられたというようなことは口にしていた。


みんな誰かの知り合いの、狭い世界。隠し事ができない狭い世界。他人の噂くらいしか娯楽がない世界。
普通に暮らすだけでもプライベートなんてないに等しいのに、そこをさらに掘り下げられ暴かれる。姉にはそれが我慢がならなかったらしい。




誰もが誰かのコンテンツだった。それが当たり前だった。
だけどその「当たり前」を受け入れられず、姉は田舎を出た。
そしてわたしも。






都会は息がしやすかった。
誰も自分のことを知らない。
人の数だけ「世界」があった。

「感度が高い人はあの隠れ家みたいな店を当然知っていて」「あのあたりのグループと顔見知りじゃなくちゃ駄目で」「あの人のことは誰でも知っているのが当たり前で」
そんな狭い狭い世界での「最先端」がしゃらくさくて田舎を飛び出した自分には、東京は自由になれる場所だと感じた。
誰も自分を知らない。隣にいる人のことも知らない。興味もない。
「名前のない誰か」になれる環境は、自分に染み付いた土地の呪縛が解けるようだと感じた。





だけど東京で暮らしてしばらく経って、ある時、ふと気付いた。
いつの間にかわたしは自らを演出し、自分をコンテンツとして他者に提供するようになっていた。
田舎を飛び出し「自由」を手にしてわたしがやり始めたのは、嫌でたまらなかった「××で◯◯をしている△△さん」に自分を落とし込む「コンテンツ化」だった。


キャッチーなラベルを貼って、わたしはこういう人間ですどうですか面白いでしょうさあさあ手に取ってください他と比べてみてくださいよあなたを満足させてみせますよと売り込む道化みたいなことをいつの間にか必死に繰り返している自分。






他人にコンテンツとして消費されるのか、
自分をコンテンツとして消費させるのか。

その頃の主従は完全に逆転していて、わたしは他人に消費されたがっていた。
魅力的に自分をパッケージングしないと、他人の目に留まらないと思っていた。


荒っぽくてもなんでもいい、
わたしを消費して欲しかった。
見て欲しかった。
誰の目にも留まらないのなら、それは自分自身に価値がないということだと信じていた。




震えないように声を張り快活に笑い、
こわいものなど何もないかのように不遜に振る舞い、
「わたしはこういう人間です」と主張をしなければ
誰にも見つけてもらえないと思っていた。





素材の荒さをごまかしてそれらしく見えるように着飾って、他人の目を欺いて、
しかしそれで得られるものには1ミリも興味がなかった。
軽蔑すらしていた。
こちらを見つめる視線を、差し出される手を、よくもまあこんなものに騙されやがってと唾棄しながらも、求めずにはいられなかった。
手を伸ばしてもがき続けるしかなかった。
多くの人間が当たり前のようにやっているように見える「真っ当な方法」というやつが、
わたしには皆目見当もつかなかった。

自分のことを見て欲しかったし、見つけて欲しかった。
嘘を見抜いて、暴いて欲しかった。
その嘘も含めて、丸ごと自分を承認して欲しかった。




「差し出す」「受け取る」というような関係性は自分の中には育っておらず
「与える」「奪う」という方法しか知らなかった。

高いところから低いところに水が流れるように、
何かに秀でた人間が世の中を動かし、
持たざるものはそれを受け入れるしかないと思っていた。










紆余曲折を経て、幸運にもわたしはその呪縛から脱却できた。

しかし最近、そういう虚像や偶像や、願望や、いびつな人間関係を目撃することが増えてきた気がする。
おそらく、いま自分が首を突っ込んでいる界隈のせいだと思う。





「消費をされる」ことと「消費をさせる」ことは違う。
後者には主導権があるが、前者はそれが曖昧だ。


自分で自分をコンテンツ化し「消費される」道を選んでしまうこと。
自分で自分をコンテンツ化し「消費させる」道を選ぶこと。
他人の手を借り自分をコンテンツ化し「消費される」道を選んでしまうこと。
他人の手を借り自分をコンテンツ化し「消費させる」道をぶこと。

コンテンツ化を望んだ対象を消費すること。
コンテンツ化を望まない対象を消費すること。
相手がコンテンツ化を望んでいない部分まで侵すこと。




ジョハリの窓だとかメタ認知だとか、金だとかビジネスだとか心の平静だとか。
承認欲求、自己顕示欲、嫉妬、虚栄心、プライド、マウンティングだとか。
なんだか随分と虚像や人間の感情を揺さぶる界隈だと思う、
消費する側も、される側も。





次はもう少しコンテンツ化について、一般化して話を書きたいと思う。





 

マシュマロやってます

 

感想とかお題とか質問とかアマゾンギフト券のコード(←即物的)とかお気軽に。

DMも開放してます。

 

 

 

コンテンツ化じゃないけど承認への衝動として重なる話

灯りをつなぐように - 晴れた日のねどこ

 

 

*1:時間をかければ自分がめざすところに着地できるかもしれないんだけど、なんかそこまでして書くものか?ブログって、というツッコミもある。一つのことに腐心して時間を使うよりは、粗削りでもいいからとにかくアウトプットを繰り返して、長期的に文章を書くスキルを上げることの方が良さそう。質より量。