晴れた日のねどこ

答えの出ないことばかり考えている

【シリーズ・愛という名の暴力】プレゼント問題3 〜返答、そして「伏 線 回 収」〜

はじめに

【シリーズ・愛という名の暴力】各記事へのたくさんの反応ありがとうございます。Twitterをきっかけに、2日連続で1日1700前後のアクセスがあった際は、驚きながらもとても嬉しく思いました。そのあたりの経緯はこちらに書いています。

 

 

 


長くなってきたので、はじめに説明を。

↓忙しくても安心!1分でわかるシリーズ振り返り!↓

 

■第1弾(クリックで記事に飛びます)

・他人からの好意が負担になる事があった
・自分自身の行為(ここでは俳優へのプレゼント)が負担になってないか考えたい
・ということで、自分のプレゼントのスタンスを書く

→あなたが贈っている「思いやりに満ちた素晴らしいプレゼント」を是非教えてくださいとの質問コメントをいただく

 


■第2弾(クリックで記事に飛びます)

お待たせすると悪いので「取り急ぎの返信」としての記事を書く(プレゼントについては後日まとめると記載)
・内容は、コメント主の方への訂正、どういう気持ちでのコメントだったのかの推測

 

→「プレゼントの内容を書いてないようですが? 是非教えてください」という質問コメントを2件、「プレゼントをどう捉えるかは受け取った人次第ですよね。わたしはこういうものを選んでいます」という自分のスタンスをシェアするコメント(ありがとうございます!)を1件いただく。

 

 

■第3弾の予告(クリックで記事に飛びます)

・記事が小さくバズった(当社比)驚きとお礼、次回予告

・著書を愛読している方に、記事を引用していただいたのでその自慢!!ヤッター!

 

振り返り終わり。

 

 

今回も長くなるので目次を置いておきます(1万字を超えています…!)
前半は回答ですが、後半はまったく違う話を用意しています。お時間がなければ後半のみでも問題ないと思います。というか、前半は長いだけなので、後半のみでいいです。後半を読んでください。後半を読んでください。

 

今回の記事タイトルの「伏線回収」については、後半で触れています。

 

というか、むしろ後半から読んでください。

気になったら前半も読んでください。長いだけなんですけど!!

 

 

 

 

現状と、もう少し細かいおさらい

たくさんのRTやいいねだけではなく、なかにはなんと新しくブログを開設し、当記事について触れてくださった方もいました。

刺激的なタイトルと今後の記事内容が気になるため、早速流星群を降らせ、読者第1号をゲットしてきました。ちなみに記事タイトルは「金がないなら黙ってろよw*1

 

 


ロックですね…しびれます。魂の慟哭が聞こえてくるようです

 

 


わたしも「現場に行かず、無料のSNSをメインに消費し、俳優にクレクレしてあまり金を落とさないのに強火ファンのように振る舞う人って、一体どういう心理なんだろう…?」「舞台より接触イベが好きならホストに通えばいいのでは…?」と思ったりします。(過去にものすごく共感できる記事を書いてらっしゃる方がいたので、そのうち引用させてもらって記事を書きたい!)

 

本業である舞台にお金を使ってこそ、俳優を支えられると思っていますので、件のブログタイトルは痛快でした。

 

 

 


スタオベしたい。します。起立。

 

 

 

 

 

しかし、厳密には少し違いますね…。
俳優を好きなように消費し、本人や関係者への負担、他のファンや未来にファンになってくれるかもしれない人への影響を一切考えない上にお金すら落とさないなら、口を閉じてほしい」です。


さらに言うと「そもそもファンが俳優に何か要求する事自体がお門違い」と思っています。ファンサ(舞台以外の広義の意味での「ファンサービス」)含め。(でも欲しいですよね、わかる…!!!! もらえるとテンション上がりますもんね。でもその気持ちすら負担になる可能性を考えてしまう。ジレンマ〜!)

 


ちなみにわたしのお金の使い方は「プレゼントにお金をかける<チケットを増やす」、そして贈り物に関しては高額なものは避けていますので、そこは「金がないなら黙ってろよw」様とは考えが違うようです。

 そして、わたしはお金のあるなしに関わらず、文化に触れること、自分の意見を表明することは素晴らしいと思っています。

配慮した上での発言というのが基本として。そして無理をせず、自分の出来る範囲、身の丈にあった楽しみ方をするのが大事だと思います。じゃないと長く推せませんからね…!

 

となると「金がないなら黙ってろよw」さんが記事中で触れたとおり、根本的に考えが違うようです。ブログタイトルと刺激的な記事タイトルに目を奪われ、盲目的になってしまい、大変失礼しました。

 

 

 

 

すみません、スタオベやめます。 着席。

 

 

 

 


話を戻して。

見るだけでなくアクションを起こしてくれる方がいるということに、少々こそばゆい気持ちでおります。どうもありがとうございます。
今回は上記ブログはタイトルへの反応だけにとどめ、頂いた質問コメントへの回答記事にしたいと思います。(ブログ自体のタイトルが刺激的すぎるため、リンクを貼るとご迷惑をおかけする可能性もありますしね)

 


さて、それではこちらがいただいたコメントです。

 

 

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コメントへの返答

 

「行き当たり」様、いづみ様


コメントどうもありがとうございます。他者へとアクションを起こすことは、ハードルが高い行為だと思います。そんななか、匿名ではあるものの反応をいただけたこと、うれしく思います。

質問の意図など伺いたい部分があるため、またしても長文になってしまう事、まずはお詫びいたします。大変申し訳ありません。
また、わたしの抱いた疑問やそれを補完するための仮定が、おふたりが不要だとおっしゃる「分析」に抵触してしまう可能性もあります。
こちらに関しても、あらかじめご容赦くださいませ。

 

 

 

具体的なプレゼントについて

「行き当たり」様、いづみ様のご指摘通り、該当記事では品物については語っていません。なぜなら記事中で触れたように「取り急ぎの返答」「プレゼントについては後日まとめたい」との思いで書いたものだからです。

 

 


どんなプレゼントをもらったらうれしいか

「こんなプレゼントが嫌だ」というのは伝わったが、こういうプレゼントなら嬉しいというのが伝わってこなかった。(意訳)


おっしゃる通りです。

 

記事の趣旨は「プレゼントが相手の負担にならないように考えたい」というものです。
ですので、「こういうプレゼントは(負担になるかもしれないから)自分なら避ける」という内容に終始しています。少なくとも自分がもらったときに困るものを贈らないことで、リスクは減らせる(かもしれない)、そしてもしかするとプレゼント自体の打率も若干上がるのでは?という考えがあるからです。


はじめから場外ホームランは狙ってません。だけどアウトは避けたい。
プレゼントを贈るなら、1塁か、あわよくば2塁に出られるヒットくらいを狙いたい。大穴狙いの博打を打つよりリスクヘッジ優先で選んでいます。

 


プレゼントというのは対象ありきのものだと思います。
私たちが知りたいのは「誰か」の欲しいものではなく、
「自分の推し」が欲しいものです。
そして、自分がもらって嬉しいものと、他人がもらって嬉しいものは同じではない。

 

 


そんな理由もあり、記事中では避けました。しかし

貴方「個人の考え」ですらどんな贈り物をもらったら嬉しいのかわからず正直困惑しました

 

 

ということなので、少し自分のことにも触れておきます。

 

わたしの場合は、仕事で疲れたり気持ちがささくれ立ったりしているときに、コンビニのプリンなどをもらうのが一番嬉しいです。めちゃくちゃテンションが上がります。


・自分の様子を見てくれているんだなと感じること
・あげてももらっても負担にならない金額であること
・ふと思い立って買ったという感じのさりげなさ
・つまり、ちょっとした瞬間に自分のことが相手に頭に浮かんだのかな…という喜びを感じること

 


そしてなによりも、サプライズ感!まったく予期しないタイミングで何かをいただく、これが最高にしびれます。


でも、これを書いても絶対に参考にならないですよね…。ここ、舞台俳優のオタク向けカテゴリのブログなので。そうでなくても一個人の「わたしはこういうものをもらったら嬉しいな!」という記事って、「お前の話なんて聞いてないよ」ってなるだけだと思うんですよね。

 


もう少し現実的なもの、かつ、もし万が一わたし個人がもらって嬉しいものを知りたいという意向での発言でしたら、記事の最後に欲しいものリストを貼っておきます。個人的なおすすめ商品なども入れておく予定ですので、お暇なときにでもご覧くださいませ。

 

 

蛇足ですが、服やかばん、装飾品、普段持つものは、色や素材、肌触り、形(洋服なら着た時のシルエットや着心地、ステッチやボタンなどのディテール含む)、サイズ感、用途にあわせた質と金額のバランスに、自分なりにですがこだわりがあります。(TPOにあわせ、どうでもいい時は本当にどうでもいい品物を使うというスタンスです)
ですので、自分の基準と違うものをもらうと、贈ってくれた相手に申し訳なく思います。
それがブランド品などの高額なものなら、なおさら困ります。(困りました)

相手の方に申し訳なく感じつつ、未使用のままクローゼットに二年ほどしまい、その後売却したこともあります。捨てるのは気がひけるので、現金に換えさせてもらいました。(品物はほかの欲しい人の手に渡り、わたしの手元にも数万円が残るので結果的には「他者を喜ばせる」という贈り主のニーズはクリアできるかな、と思います。万が一、贈り主の方が何か別の希望を持っていたとしたら、意に添えなかったことになるのですが…)

 


この話をすると「自慢か?」「マウンティングか?」などと言われてしまうかなあと思い以前の記事では割愛しましたが、当初の内容ではわたしの筆力不足のため真意が伝わらず「金がないからプレも安物しか買えないんじゃないの?」「『自分を買われたように感じる』とか…笑」など、逆に誤解をされる方もいらっしゃいました。読む方へ不親切で紛らわしい書き方をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

 
ちなみにこれは自慢でもマウンティングでもなく、むしろ「事前に望まない事態を回避できなかった自分の能力不足」「せめて自分の好みのものに誘導する努力をもっとできていれば」と思っている部分ですので、自分のなかでは汚点に近いです。(贈ってくださった方を非難するわけでは決してなく、あくまでも自分のスキル不足を嘆き、反省しているという意味です)

 

本当にモテる魔性タイプなら、自分が欲しいものを、欲しいタイミングで頂けるのかもしれませんね…。うーん、いいですねえモテモテ。しかし、全方位的にモテモテになった場合、相手にする母数が大きいため、あらゆる面に気を遣わないといけなくなりそうです。わたしの場合、望まない相手からの好意は受け流すのが負担になるため、モテモテにはならなくてもいいですね…。

 


…おや。全方位的にモテモテでプレゼントをたくさんもらうって、なんだか若手舞台俳優みたいみたいですね…。人から見られる職業というのは、やはり大変なんだろうなあと改めて思いました。

 

 

 

 


質問の意図について

質問に質問で返してしまい申し訳ないのですが、「行き当たり」様、いづみ様の意図に沿った返答をしたいと思うので、「わたしが贈ったプレゼントが知りたい」という質問の意図を伺いたいと思います。

 

A. 「何を根拠に」「どういう考えで」プレゼントを選んだかを知りたい
B.  あくまでも、具体的な品物が知りたい

 

お二人のご要望はどちらでしょうか?
「行き当たり」様は「好意が負担にならないようなプレゼントをわたしもしたい」ということなので、おそらくAかと思います。

 

具体的な品物を挙げたとしても、どういう相手に対して、何を根拠に、どういう考えを持ってそれを選んだかわからなければ、何の意味もないんじゃないかな、と思います。
「行き当たり」様が贈り物をしたい相手と、わたしがプレゼントを贈った方たちが同じとは限らないので…


そして、プレゼントを一切贈ったことがない、
推しが欲しがっていても一切贈らないという、いづみ様。
そのいづみ様が、他人が贈ったプレゼントを知りたいというのは…
もしかしてなのですが……

 

 

 


C.自分もプレゼントを贈りたくなったので、参考にしたいから

 

 

 


という予想をしてみました。
いかがでしょうか。

冬は贈り物が捗る季節ですものね。大切に想う人へ、自分の感謝の気持ちを何かしら形に残るもので伝えたい…。その気持ち、とてもよくわかります。

クリスマス前に更新しようと思っていましたが、間に合わずに大変申しわけありません。

 


もしそういうことでしたら、
わたしのブログがきっかけで、今までと考えが少し変わった、心が動いた、ということですよね…?
少しくすぐったく思います。当ブログへの反応、どうもありがとうございます!

 

 

 

 


あっ、ごめんなさい、違いましたか……?

 


実はもうひとつの可能性も考えたんですけど、いやいや、さすがにそれはないよな…と思い、言うのをやめました。
でも、自分で可能性を潰すのは良くないですよね。少し恥ずかしいですが、一応書きますね。自分でも、まさかな…と思ってるので、笑ったりしないでください。

 

 

もしかして…、もしかしての話ですが、
いづみ様は…

 

 

 


D.わたしの事がもっと知りたい

 

 

 

 


こう思って、わたしが贈ったプレゼントを知りたいと思ったんじゃないでしょうか!?

…どうでしょう? 当たってますか??

 

 


いや、自意識過剰ですよね、わかってます。だからはじめは言いたくなかったんですけど、もしかしたら…ということもあるかもしれないので書きました。
恥ずかしいので少し説明させてくださいね。いづみ様は、わたしの書いた記事を最低でもふたつは読み、おもしろいと言ってくれた。さらにどっちが良かったかという評価までしてくれている。わたしの記事は、目次をつけていますが長いことが多い。大体5000文字オーバー、読むのが大変です。実際、長すぎてぱーっとスクロール、5秒でページ離脱なんて人もザラです。それをわざわざ時間をかけて読み比べてくれて、コメントまで書いてくれている。そのうえ質問まで! しかも内容が「自分はプレゼントを贈ったことはないし贈ろうとも思わない。だけど貴方が何を贈ったのか知りたい」ですよ…!? なんなんですかこれは……。

 

 

 

 

 

これは、承認のフルコース…!?

 

 

 

 

 

いづみ様の愛、わたし、感じましたよ。
恥ずかしがらずに、次はこっそりはてなID、教えてくださいね…?

 

 

 

 

あれ、もしかしてまた違いましたか…?


…実を言うと、ほんとはもうひとつ思い当たる考えがあるんですけど、ちょっと信じたくない。なんというか…赤の他人のブログにコメントを残すというのは、すごく勇気がいることだと思うんです。しかも当ブログのコメントは承認制ではありません。コメント書いたら即丸見えです。秘密のやり取りができない。だからもう、当然どきどきしながら書き込んでくれたと思うんです。送信ボタンをクリックした時の人差し指は、もしかしたらふるえていたかもしれません。だけど伝えたいという強い想いが、あなたたちを動かした。……つまり、コメントを下さった方々、あなたたちは勇敢なんです。そんな方が、こんな意図で質問するのか? いやいやまさか…と提示するのを取り下げました。

 

 

…でも、そこを敢えて言っていくのがわたしのスタイル。言いづらいこと、恥ずかしいことに自ら触れ、他者からの視線を浴びることで快楽を得る。

それがこのわたし。かんそうぶんStyle.

 


おっと話が脱線しました。そして前置きが長い。さすがブログ文字数5000がデフォの女。もっと簡潔に書いていきたいです。
最後の可能性としては…

 

 

E.具体的な品物を聞いて、匿名または内輪での話のネタにしたい

 


こんな感じでしょうか。


でも、これはさすがに考えづらいんですよね…。皆さんきっと推し事に忙しいでしょうから、推しさん以外に時間を使う暇なんてないと思うんです。こんな素性のわからない人間についてネタにしても、特にメリットもないでしょうし。そしてさっきも触れたとおり、勇敢で素敵な方達が、見えないところであれこれ他人をネタにして消費するのかしら…と考えると、かなりこの可能性は低い。どうでしょうか、この冴えた推理。

 


それに真面目な話をすると、他人を疑うのは失礼ですからね。
本当に、ないと思うんですけど、一応…ということで挙げさせていただきました。もし不快に思われてしまったら、申し訳ありません。お詫び申し上げます。

 


もしわたしが挙げた以外の理由であれば、遠慮なくおっしゃってくださいね。
質問の正確な意図を知り、自分なりのベストな返答をしたいと思います。
(でもよく考えたら、A、B、C、Eってすべて「D.わたしの事がもっと知りたい」に帰結しますね…?)

 

 

 


回答期限の希望

回答期限に希望はありますか?

といいますのも、記事中でも少し触れましたが
・現状、現場の数に対してブログを書くスピードが追いついていない
・現場以外についても書きたい記事がある
推し事、お仕事以外にやりたい事もある


というような事情があるからです。
仮に「行き当たり」様、いづみ様の要望がAの場合だと、しっかりとした回答をしたいので、少々お時間をいただく形になると思いますが大丈夫でしょうか?
(Cの場合だと、やはりAを語らないといけませんよね)

 

当たり前の事ですが、わたしは自分自身の日常や推し事が大事です。
こちらはわたしが楽しむためのブログですので、必ずしもおふたりのご期待に添える期限にお答えができるかどうかは保証できかねますので、あらかじめご容赦いただけましたら幸いです。


もしお急ぎで、かつBの場合であればすぐにお答えできます。

 

一例を挙げると手紙でしょうか。
プレゼント = 品物だと思い込んでいましたが、よく考えると手紙! これも立派な「言葉の贈り物」ですよね。わたしが一番贈った回数が多いものです。

 

 


「一文、一言でも構いませんので」という事でしたので、簡潔にお答えしました。
もしご希望の返答でなかった場合はまたお知らせくださいね。

 

 

 

 

 

後半。伏線の回収

さて、ここでコメントをもう一度見てみましょう。
(「金がないならだまってろよw」様に関しては、記事を保存したため、また後日時間をかけた上で取り上げさせていただきたいと思っております)

 

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これらのコメントについて、
読んだ方はどう思われたでしょうか。
きっと、様々な意見、感情を持たれると思います。

 

 

 

はじめにお詫びを

さて、次に進む前に「通りすがり」様、「行き当たり」様、いづみ様、「金がないなら黙ってろよw」様のような気持ちを抱いた方に、先にお伝えしておきたいことがあります。

 

 


傷つけてしまってごめんなさい。
あなたが贈ったプレゼントを否定するつもりはありません。
わたしはあなたの推しさんではないので、
あなたの推しさんがそのプレゼントをどう思っているかはわかりません。

 

「自分は」こんなプレゼントを頂いた時に困った、
だから「自分なら」こういうプレゼントは避ける。

 

わたしが書いたのは、これだけです。

 

 


「『俳優は』こういうプレゼントを求めてない」
「こういうプレゼントを『贈るべきではない』」
「わたしの考えは『絶対正しい』」

 

文中に、こういう記載があったでしょうか?
わたしは何かを強制し、「あなたを」攻撃したのでしょうか?

 

 

「受け取る側への想像力を忘れないようにしたい」という気持ちを持っておきたいですね、という問題提起の側面はあります

愛という名の下に、私たちは暴力を振るってはいないか?〜推しへのプレゼント問題〜 - 晴れた日のねどこ


わたしが他人へ積極的にアクションをおこした部分は、おそらくここだけだったかと思います。(もし間違っていたらご指摘ください。煽りでもなんでもなく、純粋に気になるので…)

 


ただ、わたしの意図とは関係なく、
もしもあなたが傷つき、嫌な気持ちになったというのであれば、
それに関してはお詫びします。
傷つけてしまってごめんなさい。

 


「あなたのことを言っているわけじゃない」
とわたしが言ったとしても、それはわたし側の意見です。
あなたが傷つき、怒りを感じた事実には変わりがない。

 

 

これは、「あなた」を想定して書いているブログではありません。不特定多数の人間に向けて書いているブログです。
しかしわたしが書いた文章のせいで「あなた」が傷ついたというのであれば、それは傷つくかもしれない「あなた」への想像力と配慮を欠いた、わたしの落ち度だと思います。

 

申し訳ありませんでした。
謝罪いたします。

 

 


本題


さて、本題に入りましょう。
当ブログについたコメントを見た方の意見は様々なものがあると思います。

 

それ以前に、わたしの書いた記事についての意見も人によって当然違います。
コメントを下さった方のような意見もあれば、共感して感想のDMを送ってくださる方もいました。

 


それは何故でしょうか。

問いかけるまでもないですよね。
「違う人間だから」です。

 

 

…そう、違うんですよ。


考えていることも、

感じていることも、

受け取り方も。

人によって違うんです。

 

それぞれが別の考え方を持った、違う人間なんです。

 

さあ、それでは思い出してください。
わたしがシリーズ一番はじめの記事で書いたことを。

 

 

 

好意が相手の負担になることってあるよな、 それって不幸なすれ違いだなあという出来事がありました。

愛という名の下に、私たちは暴力を振るってはいないか?〜推しへのプレゼント問題〜 - 晴れた日のねどこ

  

特に、そういう方々は本音を言える立場ではないですから。 何を受け取っても笑って「うれしい」と言わざるを得ないでしょう。

愛という名の下に、私たちは暴力を振るってはいないか?〜推しへのプレゼント問題〜 - 晴れた日のねどこ

 ※「そういう方々」=俳優

 

 

コメントを下さった「通りすがり」様、「行き当たり」様、いづみ様、そして「金がないなら黙ってろよw」様。
この方たちが、何を思いアクションを起こしたかはわたしにはわかりません。
それに対し、当記事前半にて、わたしは「ありがとうございます」「うれしいです」と言いました。

 


…しかし、わたしが本心からそう思っているという証拠はどこにもありません。見ている人は、わたしの発言を信じるしかない。わたしの対応から「本当はどう思っているか」、それを推し量るしかできません。

推しは喜んでた!だから平気だもん!」 それはそうです。演技のプロですもん、相手は。

愛という名の下に、私たちは暴力を振るってはいないか?〜推しへのプレゼント問題〜 - 晴れた日のねどこ

 

 

 

 


……この構造って、何かに似ていませんか?

そう。「舞台俳優」と「ファン」の関係。
それとそっくりなんです。

 

 

 

 

 

 


わたしは今回このシリーズを通して、
ブログ上に擬似的に「舞台俳優」と「ファン」の関係を再現することを思いつきました。

 

 

 

ブログを書き、それを人に見られる側は「舞台俳優」

ブログにコメントなどで反応をする人は
「プレゼントを贈るファン」

 


先ほど「手紙」も立派な「贈り物」だとわたしは書きました。
コメントも同じく、相手に対するアクション…「贈り物」です。

どんなプレゼントをもらっても、ファンのことを考え「嫌だ」とは言えないですよね、舞台俳優は。今回わたしは、それを模した行動を取ってみました。

 

 

 

 

 

 「他人への干渉は、善かれ悪しかれすべて暴力」

 


これは「シリーズ・愛という名の暴力」冒頭でわたしが書いた言葉です。

 

わたしは上記の考えを持つため、ここではコメント等のアクションを「暴力」と呼び、話を進めていきたいと思います。不快に思われたら申し訳ありません。先に謝罪いたします。

 


さて、現在Twitterやブロググループでは、お題箱、質問箱などのサービスが流行っています。しかし、わたしはそれを設置していません。なぜか。

 

それは「暴力を可視化するため」です。 

 

しかし、傾聴するタイプって、「他人を感情のゴミ箱にする」タイプの餌食にもなりやすい。対等な、もしくは対等に持ち込める人間関係ならその辺は調整可能ですが、「ファンと俳優」って、そういう地獄がめちゃくちゃ広がってそうだな、と思います。 相手は否定しようがないですから。

愛という名の下に、私たちは暴力を振るってはいないか?〜推しへのプレゼント問題〜 - 晴れた日のねどこ

  

このタイミングでお題箱を設置すれば、そこが感情のゴミ箱のように使われることは目に見えていました。


おそらく、その方がリアルに「他人がどういう反応をするのか」がわかると思います。しかし、それでは意味がない。
わたしがしたいのは、あくまでも問題提起でした。

 

受け取る側への想像力を忘れないようにしたい

愛という名の下に、私たちは暴力を振るってはいないか?〜推しへのプレゼント問題〜 - 晴れた日のねどこ 

だから、なるべく自分の好きな人の負担にならないように、 自分の好意が相手を傷つけないように、 間違ったら引き返せるように、 いつでも自問自答を繰り返して生きていきたいと思います。

愛という名の下に、私たちは暴力を振るってはいないか?〜推しへのプレゼント問題〜 - 晴れた日のねどこ

  


記事をRTしてくださった人のなかに、「本当に届いて欲しい層には届かないんだろうな…」と書いていた方がいます。
残念ながら、わたしもそう思います。*2しかし、それでもいいと思っています。

 

 

なぜなら、立ち止まって考える人の母数が増えればいいからです。

 


他人へのアクションは暴力だとわたしは思っているので、「この考えが絶対に正しい!」「皆それに倣え!」と言うつもりは毛頭ありません。それこそ苛烈な暴力ですから。

 

ただ、自分の考えを表明し、他者と対話はしたい。

 


傷つかずに生きていくことは不可能です。

そして他人を傷つけずに生きることも不可能です。
たったひとりの無神経な言葉で、心は簡単にぐしゃぐしゃになります。

自分のふとした発言が、誰かの心に一生消えない傷を残すこともあります。

 

 

それと同じように、大勢の人間の「良かれと思った行動」が、
誰かを傷つけたり、じわじわと心を蝕むこともあると思います。

 


自分と他人は、別の人間です。
一度放った言葉は二度と元には戻せません。
自分の起こした行動を相手がどう受け取るかはわかりません。
他人の心はコントロールできません。

 

 

もしもこの一連の記事が、何かを考えるきっかけになれば。
自分が大切に思う人に接するときに、
少しだけ立ち止まったり自分の行動を振り返る時間を持てれば。
そういう人が、ひとりでも増えれば。

 

…そうしたら、少しはいろんなことが良くなるんじゃないかなあ。
少なくとも、ひどく悪くはならないのかもなあ…と、わたしは思います。

 

 

 


間違うことは誰にでもあると思います。
時々振り返った時に「あれはまずかったな…」と思ったら、
相手に謝って、繰り返さないようにすればいいだけだと思います。
そしてできれば、何か行動を起こす前に立ち止まって考える習慣をつけたい。

 


わたしがそれをできているかというと、わかりません。

できるだけそうしていきたいとは思っています。

だけど、きっと意図しないところで誰かのことを傷つけています。絶対に。

 

 

 

 

わたしは時々祈るような気持ちになることがあります。

この人の負担が少しでも軽くなりますように。
不要なことで思い悩まず、ただただ板の上で輝いていられますように。

 

素敵だなと思う人たちが、好意という名の暴力に人知れず傷つかないように。
ずっと笑顔でわたしたちの前に立ち続けてくれるように。

 

何度でも立ち止まって、考えたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はたして「これ 」はなんなのか

さて、蛇足ですが2点触れておこうと思います。


先ほど書いたRT先の方の「本当に届いて欲しい層にはこのブログの内容は届かないんだろう」という意見。
これは冒頭の「(俳優に)要求ばかりして何も返そうとしない」とわたしが言った層と繋がるなと思いました。

 


何度も言いますが、自分と相手は違う人間です。
違うことを考え、感じ、自分の行動原理で動いている。

 

質問をしたら相手が答えてくれると思うこと、つまり「求めれば相手が自分の願望を叶えてくれる」と思うこと、
それは「相手があなたに歩み寄ってくれているから」成立しているだけです。

 

 


あなたが相手にアクションを起こすのは自由です。
しかし、相手がそれに応えるかどうかもまた自由です。
それに対して、相手を非難する資格は誰にもありません。

 

 

 

 

そしてコメントを「うれしい」と言ったわたしの言葉が本心かどうかということについて。

 

嘘を言っているわけではありません。
ですが、あまり愉快な気持ちも持たなかったということは言っておきます。

 

 

わたしが書いたのは「不特定多数に向けた記事」です。しかしこの人たちは「わたし個人」に対応している。匿名で強い言葉を投げかけられるのは、物陰から石をぶつけられるようだと感じます。 こういった場合、平気だと強がり、状況が悪化するのをよく見ます。しかし強がる必要はないんじゃないかとわたしは思います。

 

 

石をぶつけられて、平気なわけがない。

 

 

 

 

 

 

しかし先ほど言った通り、「投げかけられた言葉をわたしがどう捉えたか」これを他人が正確に観測する方法はない。
わたしが言っていることが本当なのかどうか。それはわからない。

 

 

わたしは、『ブログ上に擬似的に「舞台俳優」と「ファン」の関係を再現する』といいました。俳優というのは、「演技という嘘」をつきます。

 

 

 

 

 


…もしかすると、
「通りすがり」さん、
「行き当たり」さん、
いづみさん、
そして「金がないならだまってろよw」さん

 


それすらも、架空の存在かもしれません。

 

 

 

そもそも、他人に物陰から石をぶつけるそんな人は、
はじめからいなかった。


そういう可能性もあるわけです。

 

 

 


ただ、これは言っておきます。
ここから先の匿名での書き込みについて、
わたしがこういう言い方をすることは一切ありません。

 

 

 

 

 

 

「他人への干渉は、善かれ悪しかれすべて暴力」

 


あなたが他人と接するとき、
その行為は果たして、愛から出た行動だと本当に呼べるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、欲しいものリスト貼り付けるの忘れました。

用意できたら貼り付けます。 

 

そのかわり、過去記事のリンクを貼っておきます。

※ちょこちょこ追記もしてますので、ひとつぶで二度美味しい!一度見た方も是非!

 

kansoubn.hatenablog.com

kansoubn.hatenablog.com

 

kansoubn.hatenablog.com

kansoubn.hatenablog.com

 

 

 

それではみなさん、良い推し事ライフを!
今年も残りわずかですが、わたしはまだまだ現場に入ります!

たぶん真剣乱舞祭2017広州公演の記事も年内に書きます。
(まじでサイコーでした。なお、財布は死に、口座は息をしてません)
 
 
 
 

*1:書き終わってから気づきましたけど、「金かけられないなら黙ってろよw」が正確な記事タイトルでした。訂正してお詫び申し上げます。また、記事の内容を後から変更する可能性もあるため、記事は保存後、スターを取り消しておきました。全然関係ない内容に書き換わる可能性もありますしね。インターネットは怖いですから…

*2:言葉を読み取れない層、曲解する層、自分と違う意見を悪とみなし糾弾する層というのは残念ながら確実にいます