晴れた日のねどこ

答えの出ないことばかり考えている

刀ミュ「つはものどもがゆめのあと」感想と考察

 

ミュージカル刀剣乱舞『つはものどもがゆめのあと』
東京公演を観劇してきました。

当日券チャレンジもしましたが、東京公演は残念ながら1回のみで終了。
記憶が完全に消えないうちに、感想を書き記しておきます。


ストーリーについては冒頭に。
ネタバレご注意ください。

 

余談ですが、わたしは歴史がからっきしダメ、
ストーリーを1回で理解できない、軽い相貌失認なので、
衣装が変わると誰が誰かかなりあやしくなります。

 

特に今回、人間キャストについて致命的な勘違いをしている可能性が高いです。
間違っていたら教えてください。
(あと、割と記憶が怪しくなってきたので、話半分に聞いてください)

 

 

 

ストーリー


新たに顕現した髭切、膝丸を部隊に加え、
平安末期の歴史を守るという使命が下される。
だが、審神者は悩み事を抱えているようで、
髭切、膝丸に二つの密命を下す。

 

ひとつめは、今剣を見守ること。
どうやら審神者は、平安時代の刀である源氏兄弟と相見えることで
今剣が影響を受けるのを心配しているらしい。

 

そして二つめは、三日月宗近の動向を監視すること。
源氏兄弟はその真意を測りかねるが、
自ら隊長を志願した今剣の下、三日月宗近、小狐丸、岩融とともに
平安末期へと向かう…

 

今回は源氏兄弟が密命を受けるということもあり、
全体で動くより個々のパートが多かったです。

 

三日月←→小狐丸の考え方の対比
(何に重きを置いて戦うのか)、
岩融←→今剣の関係性、成長
(自分と今剣が非実在刀であることに気づく岩融と、自分の存在に疑問を抱く今剣)、
源氏兄弟コンビの調和。
(ふわふわしながらも要所要所で鋭い髭切を狂言回しに据え、
それをサポートするしっかり者かつコメディ要員も兼ねる膝丸)

 

 

そこに史実が絡んできます。


1.義経の異母兄弟、頼朝が平氏打倒のため挙兵
2.義経の活躍により、平家滅亡(←このへんを刀剣男士が歌で説明。ミュージカル感!)
3.頼朝と義経が仲違い、鎌倉入りを止められる(←ここで勧進帳
4.都落ち→自刃(←ここで今剣が義経に名を告げる)

 

ざっくり書くとこんな感じだと思うのですが(あってます…?)、
その最中、裏で三日月宗近がひとり暗躍します。

 

 

三日月宗近の行動

物語の最中、小狐丸は源氏兄弟が密命を受けたことを偶然耳にし、
三日月の行動に疑念を抱きます。
そして彼が泰衡に直接干渉をしたことを知り「それでは時間遡行軍と同じだ」と
三日月を叱責します。

 

小狐丸も三日月宗近も「歴史を守る」という目的は同じ。
(劇中でもそのことについて触れられています)
ただ、考え方が決定的に違う。

 

小狐丸が重視するのは「主」。
審神者の命を受け、審神者に従い歴史を守る。
歴史に干渉をする時間遡行軍は「倒すべき敵」です。

 

一方、三日月が重視するのは「歴史」そのもの。
彼は自分が思う方法で未来へ繋がる歴史を守ろうとします。
結果として、それが「積極的に歴史に干渉する=時間遡行軍と同じ行動」
になったとしても、目的のためには手段を選ばない。

 

その対立のために二人は刃を交えることになるのですが、
それを止めるのが髭切でした。

「自分と似ているところがある」三日月について、
何を思っているか分かったという髭切は、
小狐丸に「自分を三日月だと思って質問をして」と言います。
そこで語られたのが、三日月と泰衡とのやりとりです。

 


三日月は、この出陣で藤原泰衡に数度干渉します。
そして「本来あるべき歴史」を全て彼に告げる。

 

初対面のはずなのに自分は友だと告げ親しげに振る舞う三日月に、
はじめは猜疑心を隠せない泰衡でしたが、最終的には自分の運命を受け入れます。

 

戦の天才である義経が生き延びると、この先血塗られた歴史が展開される。
正しい歴史を守るには、自分が義経を殺さなければならないという選択を。


義経を殺したくないと苦悩する泰衡が、運命を受け入れること。
自分の死後、蓮の花を供えて欲しい(※)と泰衡に託されるほどの信頼関係を築くまでに、いったい三日月はどれほど心を砕いたのでしょうか。
※泰衡の首桶からは蓮の種が発見され、1995年に発芽、泰衡没後811年後の2000年に開花に至ったそうです。


泰衡は「その気になれば三日月殿は自分を操ることもできたはず」と言っています。
なので、三日月は自分の態度と言葉だけで、彼を正史へと導いたことになります。

 

そのあたり、ミュージカルの三日月のキャラクターの解釈として、へー!と思いました。(みほとせの石切丸のように、危ない方にふれてしまっているのか? と劇中で思ったところもあったので)

 

 

三日月の行動の真意

なぜ三日月は泰衡に新実を語ったのか。
それは彼らが「確かなもの」だからではないか、と髭切は語っています。
(…語ってましたよね? 記憶に自信がない)


三日月や泰衡は「この先も語り継がれ、未来の歴史にも残る確かな存在」です。

三日月宗近というキャラクターは捉えどころがなく、
鋭さと鷹揚さが同居するキャラクターです。
そんな彼の視点は鳥のように全体を見渡せるものです。


歴史には様々な説があります。
未来に生きるわたしたちには、それが史実なのか伝承なのかを確かめる術はありません(確かめるために学問が発展したのだろうな、と思います)


三日月宗近は、史実と違う行動も意に介さない。
最終的に自分の知る歴史を守れればいい。
結果が同じならば多少の違いは異説として処理されるし、
自分が未来に存在することには変わりがないからです。

歴史は水のようなもの。
湧き出た水は流れ、分岐することがあっても、最終的に海へとたどり着く。
三日月が守りたいのは、その最終的な部分です。

 


一方、小狐丸は伝承の刀です。
(その名を冠する刀は複数存在し、現存するものもありますが、小狐丸そのものは伝承の刀であり、現在行方不明です)

だから、積極的にその時代の人物に干渉する三日月の行動とは相容れない。
それは「歴史のif」であり、その行動により自分自身の存在が危うくなる可能性があるからです。
おそらく小狐丸は無意識にそれを悟っている。
だからあそこまで審神者に傾倒するのではないでしょうか(個人の考えです)。

 

 

そして髭切。
彼もまた劇中で語られる通り、不確かな存在です。
髭切、膝丸ともに、その名を冠した刀は現存しています。
ただ「それが確かに髭切/膝丸なのか」は曖昧です。
伝わる逸話が本当のものなのかどうか。
そして現存するものが、果たして本当に歴史に登場した刀そのものなのか。

 


今回のストーリーは、その不確かさを逆手に取ったものでした。

 

三日月宗近藤原泰衡に干渉し、義経を殺すように告げた瞬間、
髭切の脳内に「新たな記憶」がうまれます。

その時、泰衡が帯刀していたのが、髭切の本体だったからです。

 

不確かではあるけれど、現存している(とされる)髭切。
千年の時を生き、三日月宗近と同じく達観した視点を持つ彼は、
今回の三日月と小狐丸の意見をつなぐ存在として機能しました。

 

 

非実在刀、岩融と今剣

同じ時代に存在したはずの源氏兄弟と岩融。
しかし岩融は、源氏兄弟の記憶がない。
それに疑問を感じ、彼は一つの仮説に至ります。

 

「自分と今剣は、実在しない刀なのではないか」

 

源氏兄弟の行動が、今剣を苦しめるものなのではないか?
と思った岩融は、今剣を苦しめないでくれ、あやつはまだ子供なのだ、
と二人に告げます。

 


岩融と今剣は、舞台序盤、
本丸の他の男士に見せるために勧進帳の稽古をしていました。
弁慶が義経を打ち据える場面で、岩融は
「演技であろうと今剣を打つなどできん!」
と稽古の手を止めてしまいます。

 


物語中盤。
岩融の想いに気づいていた三日月は、
実際の弁慶と義経の姿を彼に見せます。
それはまさしく、自分が途中で稽古を止めた勧進帳、その場面でした。

 

弁慶は容赦なく義経を打ち据えます。
関所の門番が「これ以上やったら死んでしまう!」と声をあげるほどに。

 

関所を通るため、主君に手をあげる弁慶。
彼を信じて耐える義経
そして、二人の正体に気付きながらも見逃した門番。

 

三日月は岩融に、
見守り保護することだけが優しさではないこと、
そして今剣は岩融が思うよりも成長しているのではないかと告げます。

 


物語後半。
自刃直前の義経と再び会った今剣は、自分の名を名乗ります。
(逃げる義経と弁慶を一度助けていた今剣と岩融は、名前を問われ「名乗るななど持たない」と答え、「次に会った時に名を名乗り会おう」と義経に言われています)

 

「今剣と申します。この名前に聞き覚えはありませんか?」

 

それは、自分が実在したか否かが判明する問いです。

 

義経は、初めて聞く名だ、しかし覚えておこう、と今剣に告げます。

 

義経公の守り刀」をアイデンティティとし、刀剣男士として顕現した今剣。
おそらく阿津賀志山の頃の今剣であれば、その質問を義経に投げかけることはできなかったでしょう。

 


ミュ本丸では確実に時間が流れている、と今回感じました。
みほとせで今剣の「きらきら」を物吉くんが歌ったりなど、
若干のクロスオーバー感(同一本丸なのでこの言い方が正しいのかは謎)がありましたが、
今回は完全に、阿津賀志山があっての作品でした。

 

 

ミュ本丸についての考察(ややネタバレ含)

三日月は、今回の出陣で初めて泰衡に接触した際、
彼に対し友のように振る舞いました。
そして、過去に幾度も泰衡に会い、言葉を交わしたかのような発言をしています。

 

このことから、三日月宗近は今回だけでなく、
何度も時間遡行を繰り返している可能性が高い。

 

おそらく過去の出陣でも審神者に告げず、単独で歴史に干渉していると思われます。
(それに気づいたため、または刀剣男子の成長のためなどの別の思惑があり、源氏兄弟に密命を下したのではないかと思います)

 

 

そしてここからは完全に憶測なのですが。

 

ミュ本丸…ほかの本丸の存在も示唆していません…?

 

私がそう思ったのは、
三日月が過去に時間遡行を繰り返し、
泰衡に接触したのが一体いつなんだ?と疑問に思ったからです。
果たして同一時代にそんなに何度も三日月は出陣したのでしょうか?

 

 

真っ先に思ったのは、
三日月宗近の記憶は他本丸と共有、クラウド化されてるのでは?ということでした。

 

刀剣男士の顕現に、刀の実存は問いません。
事実、今回の話で、ミュ本丸での今剣は非実在刀だと証明されています。
つまり本丸が複数あれば、その本丸の数だけ刀剣男士自体は顕現可能です。

 

そして、ミュ本丸の刀剣男士は、はっきりと口にしています。


「集まってくれた、たくさんの主たち」
「今日は主たちを楽しませるために頑張っちゃおうかな」

 

これまでのシリーズも含めた2部のライブで、加州清光単騎出陣で、
彼らは観客を審神者と言い、主が複数存在していることを明言しています。

 


つまり、わたしたちが見ている「あの本丸の刀剣男士」以外にも、
別の本丸があると、本人たちが知っている。

 

わたしは、その別の本丸の三日月宗近と、
この本丸の三日月宗近
記憶の共有をしているのではないかと思いました。

 

泰衡と会話を交わし、過去に親交を深めたのは、ほかの本丸も含めた数多の三日月宗近たち。
何かの手違いで「あの本丸の三日月宗近」は、
その記憶を有してしまったのではないか?

 

三日月宗近は知りすぎてしまった、 それは「刀剣男士」そのものについてを指しているのではないか、とわたしは今回の舞台を観て思いました。

 

 

刀ミュシリーズのイメージビジュアルは、季節をモチーフに展開されてきました。
阿津賀志山は
幕末天狼傳は
三百年の子守唄は
そして、今作は


次回作は一体どうなるのだろう?
ここまで集客が見込めるコンテンツが、この4作で終わるとは考えづらいしな…
とぼんやり考えていました。

 


完全に妄想ですし、可能性は低いと思いますが、
次回作からは他の本丸の存在や政府について…
刀剣乱舞」の根幹に関わる設定の部分についてのストーリーが出てきたら、
とても楽しそうだなあと思いました。

 

大所帯になってきた今、
「他の本丸の刀剣男士」としてなら、
やむを得ない事情によるキャスト変更も抵抗が薄れそうですし、
同じキャラクターが同時に二振り登場する、
なんていうのも楽しそうです。

 

 

演技やキャラクターについて

今作は今までで一番ミュージカルしてる…!と思いました。


今までの刀ミュは、お話の中に歌唱パートが組み込まれてるという印象でしたが、
今回は歌でストーリーを語るシーンがある。


残念ながらわたしは歴史がわからないのとヒアリング能力が低いので、
「わあー、歌いながら歴史を説明してるぞーー!」というような
小学生の作文みたいな感想になってしまうのですが、
耳がよく、歴史も分かる人ならより楽しめるんじゃないでしょうか。
※本当に歴史がダメなので、「与一!ドリフターズで見たやつだな!?」みたいな感想しかもてない。学がない。


以下はキャラクターについて。

 

三日月宗近(黒羽麻璃央)

歌唱力がパワーアップしてました。
今までわたしはどことなく儚さを感じていましたが、
今回はそれを感じませんでした。

 

そしてあれ?と思ったのは、演技の感じが今までの三日月と違う…?
というところでした。


ミュージカル刀剣乱舞三日月宗近は、王子様感が漂うというか、
鷹揚としつつも美麗な青年、という印象を持っていました。


だけど今回は、なんだかしゃべり方も違うし、今までの飄々とした感じが薄い…?


上手く言えないので、ここはまた次の機会にじっくり見たいです。
(あと、らぶフェスはどんな感じの三日月で来るんだろうか…!)

 

 

小狐丸(北園涼)

圧倒的な声量に度肝を抜かれました。
すごく安定してる。
安定しすぎて、あれっ?これ今歌ってる? 録ったやつを流してる?
と本気で思いました。

 

さすが2度目の小狐丸という感じで、
衣装のさばきかたもとてもきれい…

 

三日月との殺陣のシーンは息を呑みました。
翻り、ふわりと広がるふたりの着物の袖に見とれていたので、
荒っぽいと他の方がおっしゃる肝心の殺陣を見れてない!
次にじっくり見ます…!

 

 

岩融(佐伯大地)

今剣を静かに見守るポジションなので、今回はやや陰が薄い印象でした。
でも、長物を扱う姿が堂々としていて素敵…!
薙刀伸びてません?気のせい?

 

パワフルに、力で押し通るような歌唱が印象的でした。

 

そして2部!2部の大地くんはとても良いですね…!
体格がいいので、踊る姿がとても映えます。
フードを被った衣装が非常にキュートです。

衣装を翻すところもかっこいい。
良い…(語彙力がない)

 

 

今剣(大平峻也)

初めの歌唱シーンで鳥肌が立ちました。
劇中劇ということで印象が異なるというのもあるのですが、
艶っぽさがにじむような歌声でした。

 

そしてやはり身軽!

息を切らさず舞台の階段を数段飛ばして飛び降りるところなど、
天狗の子なの…?と思いながら見ていました。

 

可愛らしさもあるのですが、
今作では大人っぽくもあり、芯の通った印象を受けました。

 

あとファンサが…かわいすぎる…死。

 

 

源氏兄弟(三浦宏規&高野洸

なぜこの二人はまとめてなのか。
…どこを見たらいいのか混乱して、あまり見られなかったからです!!(悔)

 

ふんわりおっとりしつつも、戦いでは残忍な髭切。
兄者に翻弄され、名前を呼んでもらえず涙を拭うコミカルさを見せたかと思えば、
ダンスがあまりにもキレッキレな膝丸。

 

ふたりの歌唱シーンは度肝を抜かれました。

 

ラ、ラ、ラ、ラップ!!!!?????

 

2部も同じくラップがあり、これはもうアイドル?
美麗なアイドルでは?
そのうえ身体能力が高すぎて、見ていて混乱しました。
次…次は固定で追いたい…!!

 

膝丸は客降りで至近距離を風のように走り抜けて行きましたが、
そこがまた良かったです。
兄者以外にそこまで愛想よくしない感じ…!
あと、アイラインが美しかった。

 

 

武蔵坊弁慶(田中しげ美)

弁慶さま好きです。力強い。かっこいい。
今回は弁慶さま祭りという感じで(?)、
屈強な男好きとしては大歓喜です。

 

2部で弁慶さまがキュートなお歌があって、そこも満足。

 

お召替えもたくさん見られて幸せです。
出番が多くてうれしい。
しげ美さんかっこいい。好き(語彙力)

 

 

 

まとめ

今回、はじめてTDCホールに行ったのですが良いですね…
第一バルコニー、かなり見やすかったです。(他の席だとまた感想が変わりそう)

 

舞台上に落ちる照明もとても美しい。

これは高さがあるこの会場ならではなのかもなあと思いました。


そして客降りも今剣ちゃんと膝丸が来てくれてうれしい。


今剣ちゃんは全方位的にファンサをバシバシと決めていて、
審神者のハートを撃墜していました。
目隠しからのふくれっつらとか、投げチューとか。
罪な子…

 

 

次はストーリーを反芻した上で、
それぞれのキャラクターの心情を想像して
演技をしっかり見たいなー!と思います。
(初回はストーリーを追うので精一杯で、あんまり色々見られないので)

 

そして2部! ダンサーさんも見たいから本当に目が足りません。
一体どうすればいいのか。


あと数回観たいけど、東京凱旋は当日券も出ないし難しそうですね…
千秋楽じゃなくてもライビュやってほしいです。

 

 

 

2018/2/1追記

現在閲覧が増えているようなので。真剣乱舞祭の記事のリンクを。
次回はパリですが、海外公演に行かれる際に参考になるかもしれません。

kansoubn.hatenablog.com

kansoubn.hatenablog.com

 

 

あと刀ミュに触れてる記事

kansoubn.hatenablog.com

kansoubn.hatenablog.com